映画の中の、あのカメラ|21 スモーク(1995) キヤノン AE-1

映画の中の、あのカメラ|21 スモーク(1995) キヤノン AE-1

はじめに

皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。唐突ですが、映画の小道具でカメラが出てくるとドキッとしてしまい、俳優さんではなくカメラを凝視してしまったという経験はありませんか? 本連載『映画の中の、あのカメラ』は、タイトルどおり古今東西の映画の中に登場した“気になるカメラ”を毎回1機種取り上げ、掘り下げていきます。

ブルックリンのタバコ店で紡ぎ出される物語

今回取り上げるのは、ウェイン・ワン監督の映画『スモーク』です。舞台は1990年のブルックリン。その後の再開発でおしゃれタウンになる前の当地で、禁輸品のキューバ産シガーなどもこっそり扱うタバコ店を営む店主と、そこに出入りする3人の男をめぐるエピソードを巧みに綴り、人情味と苦み走ったユーモア、都会に生きる男たちのロマンティシズム溢れる肌触りの物語が展開されます。本作はアメリカ合衆国を代表する作家のポール・オースターの原作をベースに本人が脚本も手掛け、映画でなければできない表現にチャレンジしている名画です。

14年間にわたり定点を記録し続けたカメラ

ブルックリンの街角で小さなタバコ店を営むオーギー(ハーヴェイ・カイテルが好演)のもとに閉店間際に訪れた常連客で作家のポール(ウィリアム・ハートが好演)は、レジスターの脇に置いてあるカメラに気づきます。いったい何を撮っているのかと尋ねれば、毎日決まった時刻に同じアングルで自分の店のファサードの写真を14年間も撮り続けているとのこと。その莫大な数の写真に興味を持ったポールはオーギーの自宅を尋ね、物語が動き出します。劇中の冒頭から登場し、ラストシーンで湧き上がるカタルシスへと導く重要な役割を果たすカメラ、それはキヤノン AE-1でした。

電磁制御のシャッターを基軸にするシステム

キヤノン AE-1は、1976年に発売開始された35ミリ判のレンズ交換式一眼レフです。映画の主人公は14年間ずっとこのカメラを使っているという設定なので発売されてすぐに入手したことになりますね。本機はネーミングが示すとおりシャッター優先のAE(自動露出)撮影を基本とする仕様のカメラで、全てのシャッター速度を電磁制御としています。機械式の制御ではジィ~ッ!と動くガバナーでスローシャッター時に後幕を開放する仕組みでしたが、電磁式はその役割を電磁石で鉄芯を突き動かすソレノイドにまかせ、設定した時間が経過すると後幕を開放します。オール電磁シャッターの嚆矢としては1969年に発売された中判一眼レフのペンタックス6×7が有名ですよね。それと同様の仕組みを持つAE-1は、大きなシャッター速度ダイヤルで任意の速度に合わせ、絞りリングをAマークに設定すれば適正露出の絞り値をカメラが決めてくれます。

シャッター優先AEの1号機ってどんなカメラ?

35ミリ判の一眼レフでシャッター優先AEを最初に実現した機種は?とGoogleのAIに問えば『キヤノンAE-1です』と答えてくれます(2026年5月現在)。でも、それを鵜呑みにしてはいけません。1973年発売のキヤノン EFは高速側のシャッター制御に機械式、スローに関しては電磁制御のハイブリッド方式を採用したシャッター優先AE機ですし、他社の例を挙げれば絞り優先AE機であれば1975年発売のオリンパス OM-2やコンタックス RTS、1974年発売のミノルタ XEおよびその前年に登場したX-1、1972年発売のニコマート EL、1971年のペンタックス ESの存在があり、1968年発売の西ドイツ製コンタレックス SEは電磁制御シャッターの特長を利用してオプションのテレセンサーを装着することで絞り優先AEを堂々実現。コニカ AUTOREXは純機械式のシャッターユニットをベースにしたシャッター優先AE機で1965年の発売ですし、旧ソ連邦のキエフ10に至っては1964年の時点でシャッター優先AEを実現しています。レンズシャッター式の一眼レフであれば1963年発売のフォクトレンダー ウルトラマチックの存在も忘れてはなりません。長々と記述してしまいましたが、要するにAE-1という名前だから最初のAE一眼レフということではないのです。

シンプルな操作系と新しい時代の匂い

キヤノンAE−1は時代にその名を残すベストセラーで、日本だけでなくアメリカ合衆国でも爆発的な売り上げを記録したそうです。その理由は複合的ですが、プロモーション戦略を他のカメラメーカーよりも優先した経営手腕によるところも大きかったと思います。このことに加えて量産技術を追求し、製造原価を抑制しながら数多くの製品を世に送り出すというレンジファインダー機のキヤノネットで大成功を収めた方法論を、レンズ交換式のシステム一眼レフにおいても展開したことが挙げられます。本機のトップカバーはプラスチック製です。真鍮にクロームメッキを施すことが定石であったこの当時に、ハイサイクルの大量生産が可能な樹脂製パーツを主役に抜擢しています。このことによる微妙な質感の差やセルフタイマー起動時の赤色LEDの点灯する様子などは、ちょっとだけ先の未来を感じさせるものだったと思います(今ではレトロな感じかも)。

電源には6Vの積層電池を使用

キヤノン AE-1のシャッターは、電池がないと動きません。電源は6Vの積層電池で、4LR44型など現在でも入手可能な電池で動かすことが可能です。前述の電磁制御式シャッター搭載機であるペンタックス6×7も6V仕様で、同じ電池は電磁式のリーフシャッターを採用した中判カメラなどによく使われていました。この当時の電磁制御35ミリ一眼レフはボタン電池2個の3Vで駆動されるものが多かったのですが、コンタックス RTSとキヤノン AE-1およびその上位機種として登場するA-1は倍の電圧を要する6V仕様でした。電池は機械式一眼レフであればセルフタイマーのメカがあったあたりにスッポリと納める仕立て。電池ボックスの蓋を開閉するための小さなノブはプラスチック製で、ここが経年変化で割れているものを見かけますので購入時にはよく注意する必要があります。

連写一眼というキャッチコピーの魔力

キヤノン AE-1が当時の中高生の憧れのアイテムになり得た原因は、派手なTVCMの効果があったと記憶しています。今となってはヒストリカルなオートバイ群が疾走するシークエンスに電動巻き上げ機の音が鳴り響き、『連写一眼』というキャッチコピーがとどめを刺す。フィルムを手で巻き上げなくてもシャッターボタンを押すだけで秒間およそ2コマの撮影が可能になるパワーワインダーAの存在は、胸躍るものでありました。AE-1と同年にリリースされたニコマートELWは専用のワインダーAW−1に対応するモデルでしたし、それ以前にもモータードライブ装置は各種一眼レフのフラッグシップモデルには用意されていたものでした。その憧れの存在を一般大衆に身近なものとしたのが、『連写一眼』という広告キャンペーンだったのです。

まとめ

劇中に登場するキヤノン AE-1は、いわくつきで主人公の所有物になったものです。『あれはアメリカ建国200周年の年で‥』と事の顛末は語られます。2026年はアメリカ建国250周年。あれから50年も経っているのに、オークションサイトなどで数多くのキヤノン AE-1を見つけることができます。それだけ数多くが売れたという証拠ですが現在でも完全に機能するキレイな個体は数少ないのでご用心ください。映画では新品のキヤノンFDレンズが収納された化粧箱も登場するのですが、1976年という時代から考えると極めてクールなデザインなのも印象的で、あの当時の化粧箱のなかではオリンパスOMシリーズ向けのパッケージデザインと双璧を成すものでした(個人の感想です)。もし可能であれば、当時の化粧箱と一緒になった交換レンズなども探して、半世紀前の最新機種の持っていた雰囲気を味わうのも面白いと思います。

 

 

■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。

 

 

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