映画の中の、あのカメラ|20 都会のアリス(1974) ポラロイド SX-70

映画の中の、あのカメラ|20 都会のアリス(1974) ポラロイド SX-70

はじめに

皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。唐突ですが、映画の小道具でカメラが出てくるとドキッとしてしまい、俳優さんではなくカメラを凝視してしまったという経験はありませんか? 本連載『映画の中の、あのカメラ』は、タイトルどおり古今東西の映画の中に登場した“気になるカメラ”を毎回1機種取り上げ、掘り下げていきます。

ヴィム・ヴェンダースの初期ロードムービー

今回取り上げるのは、ヴィム・ヴェンダース監督の映画『都会のアリス』です。主人公は母国西ドイツの媒体社からの依頼でアメリカ合衆国の旅行記事を執筆中のライター。編集者に締め切りを告げられながらも原稿はまるで完成していません。いよいよ取材の経費も底をつき虚無感に囚われながら帰国しようとした矢先に、空港でひょんなことから迷子の少女を拾い込んでしまいオランダから西ドイツへと彼女の祖母宅を探さざるをえない展開に‥。全編モノクロで綴られた、初期ヴェンダース作品の中でも特に印象深いロードムービーの傑作です。

アメリカ合衆国を知るために使われたカメラ

劇中で、主人公が手にしているのはポラロイドSX-70です。アメリカ各地をクルマで放浪しながら膨大な数のインスタント写真を撮影し、それが入った箱を持ち歩いています。写真の数は増え続け、原稿を催促する編集者に『書くために撮っている』と説明しても分かってもらえず映画は冒頭からヒリヒリした展開に‥。事物の本質を文章にする前に、まず写真を撮る。それはヴェンダース監督が映画の脚本を書く前にしている行為そのもののようでもあり、彼の制作活動の源泉に触れるようなエピソードです。劇中の主人公にしてみれば旅暮らしのなか自身の目でキャプチャーした光景を即座にプリントしてくれるポラロイドSX-70は魔法のようなカメラであり、それゆえ執筆に苦しむことになったとも考えられます。

折りたたみ式のインスタントカメラ

本作の制作時期は1973年で、ポラロイドSX-70がアメリカ合衆国で発売されたのは1972年。それ以前にこのタイプのインスタントカメラは世の中に存在しませんでした。まさにタイムリーな状況下で小道具として登用されていて、もしかしたらプロモーション用のタイアップだったのかもしれません。このカメラは折りたたみ式です。ロールフィルムを用いたクラシック機にも携行時にはぺったんこになるクラップカメラと呼ばれる数多くの種類が存在しますが、本機はその系譜とは異なる形状で、これがカメラなのかどうかもわからないようなミニマムな印象を漂わせる外観が特徴です。

初めて手にしたとしたらどうやって使うのか分からない感じですけれど、ひとまず指で摘んで引っ張り上げられるような溝があるので上方向にウン!と動かしてみると、ガギャ!っとカメラの上半分のロックが解除されて持ち上がってきます。何じゃこれは?と思いながらもさらに上方向に引っ張り上げていくと‥。

はい、これが撮影形態になったポラロイドSX-70です。これを見てヨガの“下向きの犬のポーズ(アドームカシュヴァナーサナ)”を連想するのは私だけでしょうか? あのポーズは肩や股関節の柔軟性の向上に加えて肋骨周りの筋膜や内臓にも良き循環をもたらしてくれます。それはそれとして、このカメラの脇腹にあたる部分は合成ゴムの蛇腹で作られており、外骨格の不思議な生物みたいでもあり、他のカメラにない意匠には驚かされます。

ポラロイドSX-70フィルムを使用

ポラロイドSX-70には専用のフィルムが用意されていました。それまでにも撮ったその場でプリントが得られるポラロイドカメラとフィルムは存在しましたが、撮影してからネガを印画紙から引き剥がすピールアパート式でした。引き剥がしたネガには薬液が残存して濡れていて変な匂いがしていて、役目を終えているのでネガはひとまず捨てる。というプロセスがあったのですが、そんな面倒なしでカメラからプリントとネガが合体したシートが排出される画期的な方式となったのがポラロイドSX-70フィルムだったのです。

撮影スタンバイ形態にした本体を構えて右手の親指が触れるあたりに黄色のボタンがあり、矢印に従って押すと前面下部がペロッと開きます。そこにポラロイドSX-70フィルムカートリッジを挿入し、プリンターの給紙トレイみたいな感じで止まるところまで押し込めば装填は完了です。

蓋を閉じれば、カメラに内蔵されたモータードライブ装置が起動して遮光用の黒いシートがフィルムカートリッジから自動的に排出されて撮影できる状態になります。ちなみにカメラの電源は驚くべきことにフィルムから供給されています。赤いシャッターボタンの上にあるのがピント調整用のダイヤル。レンズを中心にして反対側にあるのが露出補正ダイヤル。露出はカメラ任せの仕様です。ポラロイドSX-70フィルムはラチチュードが狭いので、このダイヤルのお世話になる場面は結構あるかと思います。フィルムカートリッジは当初は10枚撮りでしたが、現在再生産されているカートリッジでは8枚でおしまいです。

スプリットイメージの一眼レフ

ちなみにポラロイドSX-70は一眼レフカメラです。撮影スタンバイ状態にするとファインダーのアイピースにはレンズが捉えた画像を鏡で反転させた正立正像が現れるので直接観察し、ピント合わせすることができます。スプリットイメージ式なのでピントの調整はしやすく、最短撮影距離は約26cmと結構寄れます。レンジファインダーではないのでパララックスが発生せず、フレーミングも正確にできるマニアックな仕様。シャッターを切るとアイピースからの光の逆流を塞ぐべくモーター駆動で鏡が動いて遮光するギミックは巧妙で精密。このカメラが1974年に日本で発売開始された当時の本体価格が79,800円と極めて高額だったのも頷けるものがあります。

まとめ

ポラロイドSX-70が登場する映画といえば『ジェーンとシャルロット』(本連載の17回参照)や、岩井俊二監督の『Love Letter』など数多くの事例がありますが、本作は本家本元といいますか元祖初発です。アメリカ合衆国では見える光景をやみくもに撮影していた主人公は、欧州に戻ってからはオランダのアムステルダムが湛える水の量感や、西ドイツのブッパタールの街中で頭上を走り回る懸垂式モノレールには反応を示しません。なぜ彼はそれらの魅力的な被写体に向けてシャッターを切らなかったのか? そんなことを考えながら、今でもフィルムが供給されているという幸運を享受すべくSX-70フィルムで写真を撮ってみるのも面白いと思います。

 

 

■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。

 

 

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