映画の中の、あのカメラ|09 レイブンズ(2025) ミノルタ new SR-1 & ペンタックス SPF

映画の中の、あのカメラ|09 レイブンズ(2025) ミノルタ new SR-1 & ペンタックス SPF

はじめに

皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。唐突ですが、映画の小道具でカメラが出てくるとドキッとしてしまい、俳優さんではなくカメラを凝視してしまったという経験はありませんか? 本連載『映画の中の、あのカメラ』は、タイトルどおり古今東西の映画の中に登場した“気になるカメラ”を取り上げ、掘り下げていくという企画です。

写真家、深瀬昌久の波乱万丈な人生を映画化

今回取り上げる作品は、イギリスのマーク・ギル監督が浅野忠信を主演に迎え、世界的な評価の高まる日本人写真家、深瀬昌久の人生を実話とフィクションを織り交ぜながら大胆かつ繊細な軌跡で描いた映画『レイブンズ』です。本作は主人公が実在した写真家ということもあり、その生き様を描くにあたり必然的に数々のカメラが登場します。

最愛の被写体とのフォトセッションに使った機材

物語の前半、表現者としての写真家を目指して上京した深瀬は美しくパワフルな女性、洋子と恋に落ちます。洋子は深瀬の写真の主題となり、2人のセッションによってパーソナルで革新的な作品が生み出されていくことに…。誰もいない巨大な廃屋でのフォトセッションのシーンで、深瀬と洋子の間にあったカメラ、それがミノルタ new SR-1でした。

シンプルな仕様の35ミリ判一眼レフ

ミノルタ new SR-1は、ミノルタカメラが1965年に発売開始した35ミリ判の一眼レフです。本体にnewの表記がないのにどうしてnewなのかといえば、1959年に登場したミノルタSR-1の改訂バージョンにあたる機体だからです。この当時のミノルタカメラの型番は少々ややこしい部分があり、ミノルタの35ミリ判一眼レフ初号機はSR-2で、SR-1は廉価版の位置付けでした。

その系譜を受け継ぐかたちで、ボディのダイキャストを四角いシェイプに一新した外光式露出計内蔵のnew SR-7からメーターを取り除き、シャッターの最高速度を1/500秒に抑えた廉価版モデルが本稿で取り上げるnew SR-1となります。

三角屋根の斜面に刻まれた小文字のロゴタイプ

型番の説明は複雑ですが、カメラの内容はいたってシンプル。四角いボディに大きな口径のミノルタSRバヨネットマウントが据えられ、セルフタイマーとミラーアップ機構を装備。シャッターダイヤルと連動する外光式の専用露出計も用意されていました。

ペンタプリズム部にはホットシューはなく、至極シンプルでスッキリした小文字で記されたminoltaの旧ロゴが三角屋根の斜面に刻まれているのもポイント。アベイラブルライトで撮影するのであれば必要にして十分な仕様であり、new SR-1はカメラの機能に対して過剰に依存することのない写真表現者が持つにふさわしいフルマニュアル機械式のカメラです。

小改良を施したSR-1sとの比較

SR-1シリーズの系譜は、1967年に登場するSR-1s(写真:左)で幕を閉じます。new SR-1(写真:右)からの改良点としては、シャッター最高速度を1/1000秒にしたことに加え、被写界深度のプレビューボタンの搭載、巻き上げレバーの末端にプラスチックの指当てが設けられたことなどです。使い勝手という視点では最終機のSR-1sに軍配が上がるかと思いますが、個人的にはnew SR-1のシンプルさに惹かれます。

蛇足ですが劇中で登場するnew SR-1には、1978年のCI戦略で大文字ロゴに変更されてからのMINOLTAストラップが取り付けられており、小文字のminolta旧ロゴ好きとしては時代考証のズレに『あぁ、惜しい』と映画館で小さく呟いてしまいました。でも、それ以外の部分は完璧な映画だと思います。

主人公が愛用したもう1台のカメラ

時代は進み、劇中で深瀬の手にするカメラも変わっていきます。生活を維持するための経済行為として、大手家電メーカーの掃除機の広告写真などを手がける時にはラージフォーマットであるリンホフを使ったりしていますが、自己表現のための写真機材の中心は35ミリ判一眼レフで、彼がミノルタ new SR-1の次に手にしたのがペンタックスSPFでした。

本機の登場は1973年で、1964年に登場して一世を風靡したペンタックスSPの改良版にあたるモデルです。

スクリューマウントで開放測光を実現

ペンタックスSPFの諸元としては布幕横走りフォーカルプレーンシャッター(これはnew SR-1も同じですね)を搭載した35ミリ判の機械式一眼レフで、TTL露出計を内蔵し、シャッターダイヤルおよび絞りリングの操作でファインダー内の指針を定点に合致させることで適正露出が得られるマニュアル露出のカメラでした。

SPからSPFへの改良点は、専用レンズを装着することで開放測光が可能になったこと。何のことやら分からない方もいらっしゃるかと思いますが、ペンタックスSPでは露出決定に際して絞りが開放のままでは測光できなかったという不便をSPFでは解消しています。そのためにマウント内部にはねじ込み式レンズの止まり位置を相対的に認知する機構などが盛り込まれています。

全ての性能を引き出すにはSMCタクマーが必要

で、その機能を発揮させるべく開発されたのがSMCタクマーレンズ群です。基本的には直径42ミリのネジを使う、旧東独のコンタックスS型から継承されてきた通称M42マウントなのですが、ペンタックスSシリーズで採用された瞬間絞り込み用のピンに加え、絞り値とレンズの止まり位置を知らせるピン、自動・手動絞りのロック解除ピンなどが追加されています。

これらのレンズを識別するには交換レンズのマウント面に当該のピンがあるかどうかを確認することで可能になりますが、レンズ正面の銘板にSMC TakumarもしくはSuper Multi Coated Takumarと刻んであることでも簡易的に認識することができます。

クリップオンのフラッシュを装着可能

このようにペンタックスSPFの諸元をご紹介してきましたが、劇中でミノルタからペンタックスへとカメラが交代した理由はもっとシンプルで、本機はホットシューを備えていてクリップオン式のフラッシュが使えたからです。純正品のアサヒペンタックスSUPER-LITE II型を装着して、酒とクスリに溺れ、さしたる政治的思想もなくゴーゴーを踊り続ける1970年代初頭のフーテン族に深瀬はレンズを向けます。

この時代を切り取るにはフォーカルプレーンシャッターの最高速度である1/1000秒でも足りず、それよりもはるかに短く発光するクリップオンフラッシュの鋭くどぎつい閃光が必要だったのでしょう。劇中で純正フラッシュを付けてラリったままシャッターを切り続ける浅野忠信の演技には痺れるものがありました。

まとめ

今回は、映画『レイブンズ』に登場する35ミリ判一眼レフ2台を紹介させていただきました。劇中ではダブル主演的な登場の仕方でしたので基本的に連載1回に取り上げるカメラは1台という原則を変えてしまったことをご了承ください。

ミノルタ new SR-1とペンタックスSPFという昭和40年代に日本から生み出された金属製の機械式一眼レフは、残念ながら深瀬昌久の作品のように再評価はされていません。それゆえ同時代の舶来品や国産最高級機などと比較すると中古カメラとしては乱暴な扱いを受けた機体が多いので、できることならキレイなものを求めたいところです。両機とも機械式シャッターなので永続的なメンテナンスが可能ですが、ペンタプリズムの再蒸着は困難が伴いますので、その部分に腐食のないものをお求めになられるのが得策だと思います。

 

■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。

 

 

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