映画の中の、あのカメラ|12 大理石の男(1977) ペンタコンsix TL
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。唐突ですが、映画の小道具でカメラが出てくるとドキッとしてしまい、俳優さんではなくカメラを凝視してしまったという経験はありませんか? 本連載『映画の中の、あのカメラ』は、タイトルどおり古今東西の映画の中に登場した“気になるカメラ”を毎回1機種取り上げ、掘り下げていくという企画です。
ポーランドにおける共産主義の真実に迫る名作
今回取り上げる作品は、アンジェイ・ワイダ監督の『大理石の男』です。主人公は1970年代の後半にポーランドで映画大学に在籍する女子学生。彼女は制作中の記録映画の取材で訪れた博物館の片隅に放置された大理石像を見つけ出します。そのモデルはスターリン時代に労働英雄とされた煉瓦工の男でした。彼女がその男の真実を探り、ポーランド現代史の裏面へと立ち入っていく様を重厚なリアリズムで映画化した大作です。
女学生アグニェシカがロケハンで使ったカメラ

主人公のアグニェシカは反骨精神に溢れるアグレッシブな態度で担当教授をグイグイと追い込みながら、かつての労働英雄ピルクートの真実に迫る映画を撮りたいと迫ります。祖国ポーランドにスターリニズムが吹き荒れていた1950年代の労働英雄に関する映画なんてデリケートすぎるし、自分の保身も考えてのことでしょう、担当教授は彼女から映画撮影機を取り上げてしまいます。それでもテーマへの探究心は消えず、ピルクートの痕跡を追って取材に出た彼女が手にしていたカメラ、それがペンタコンsix TLだったのです。
旧東ドイツ製の6×6判レンズ交換式一眼レフ

劇中でペンタコンsix TLが登場する場所はバルト海に面したグダニスク。民主化された後に大統領となるワレサ(ヴァウェンサ)議長が自主管理労組“連帯”を組織した造船の街ですね。ポーランドは当時ソ連の衛星国の一員として共産主義陣営に所属させられていたことから、流通しているカメラも東側の製品ばかりだったと思われます。そういう訳でアグニェシカがどこからか調達してきたカメラは旧東ドイツ製の6×6判レンズ交換式一眼レフだったという次第です。劇中ではおそらくゾナー180mm F2.8と思われる大きなレンズを装着していて、その迫力は真実に迫ろうとする彼女の強い意志を象徴しているように見えます。
ペンタコンsixってどんなカメラ?

ペンタコンsixは、1956年以来旧東ドイツで製造されていた6×6判一眼レフのプラクチシックスをベースにして1966年に登場した変革バージョンで、フィルム送りの機構を一新して220フィルムで24コマの撮影を可能にしたもの。プラクチシックスから受け継がれた交換式ファインダーが用意され、正方形のファインダースクリーンの左肩にはシャッターダイヤルがあります。B・1〜1/1000秒をセットして、右肩のフィルム巻き上げレバーでコッキングをすればミラーが所定位置にセットされ、シャッターを押せば大きな布幕横走行シャッターがガシュ!っと動きます。レリーズ後にミラーは上がったままでファインダー像はブラックアウトしますがこれは仕様で故障ではありません。
プリズムファインダーでアイレベル撮影にも対応

ペンタコンとは、1949年ソ連占領下のドイツで発表されたM42マウントの一眼レフであるcontax Sが商標権の関係で西側に輸出できないことから、ペンタプリズムのあるコンタックスという意味で西側向け商品にのみ付けられた名前でした。後に光学製造コンビナートの名称になり、VEB(人民公社)ペンタコンの作った6×6判のペンタコンsixにもウエストレベルファインダーの他にペンタプリズムのファインダーが用意されていました。このプリズムは大きく重いものですが、ウエストレベルファインダーの左右逆像では追いつくことが難しい被写体を狙うときなどには重宝します。
TTL露出計内蔵の巨大なファインダー

ペンタコンsixは、1968年にTTLプリズムファインダーが付属品として提供され、これを標準装備品としてバンドルした製品がペンタコンsix TLになります。とはいえこのファインダーは着脱可能なので、ご先祖モデルのプラクチシックスにも問題なく装着できます。MR-9相当の水銀電池1個で駆動され、天面のダイヤル操作でファインダー内の指標を定点に持ってくると正しい露光値となる仕様。装着するレンズの開放F値をダイヤルでセットすれば、TTL開放測光も可能に。このファインダーを装着した姿は共産主義陣営の科学技術を誇示するような迫力があります。劇中に登場するアウトフィットも、このファインダー付きです。
カールツァイス・イエナ製の交換レンズ群

ペンタコンsix TLの魅力は、旧東ドイツ製のカールツァイス交換レンズ群にあると言っても過言ではないでしょう。ネームリングには生産地イエナの刻印があり、そこは東西分割される前のツァイスの本拠地でもありました。前述のゾナー180mmはもちろん、広角のフレクトゴン50mm、標準のビオメター80mmや中望遠の120mmなど名玉揃いです。前期型のゼブラ模様のフォーカスリングを持つタイプも格好良いですが、真っ黒い後期型のマルチコート仕様の濃厚な発色も捨てがたいです。マウントはボディ側のリングで締め込むスピゴット方式で、旧ソ連の製造していたキエフ60および6Cのレンズと互換性があります。
まとめ

ペンタコンsixは共産圏ではポピュラーな中判一眼レフだったらしく、旧ソ連の名匠アンドレイ・タルコフスキー監督の撮影現場での集合写真の中でスチル記録係と思われる人物が同機を手にしていたりします。東西冷戦時に西側に属していた私たちには1990年代まで未知の存在でしたが、今では中古品を容易に入手できます。ペンタコンsixの機構的な弱点としては整備を怠ると1/250秒でシャッター幕が閉まらなくなったり、コマが重なるなどの症状が出ます。ですから購入の際は実機を手にしてフィルムも装填して動作確認されることをお勧めします。
■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。












