自然が織りなす「命の繋がり」を見つめる。写真家・萩原れいこが語る風景写真の魅力

ShaSha編集部
自然が織りなす「命の繋がり」を見つめる。写真家・萩原れいこが語る風景写真の魅力

 

本記事でインタビューに応えて頂いた写真家・萩原れいこさんの写真展「風景を紡ぐ」を2026年4月23日~5月13日の期間にカメラのキタムラ松本・並柳店で開催します。5月2日にはギャラリートークも予定していますのでお近くにお越しの際は是非お立ち寄りください。詳しくは文末に記載しています。

本インタビューについて

今回お話を伺ったのは、風景写真家の萩原れいこさん。大学で建築を学び、ヒップホップクルーでのライブ撮影を経験したのち写真家を志した萩原さんは、長野県・志賀高原での修行時代を経て独自の表現スタイルを確立しました。一貫して見つめているのは、自然界が織りなす「命の繋がり」と「関係性」。その目に見えない対話に深い敬意を払い、自然科学を学びながら撮影を続けています。建築的な視点、ライブの熱量で培った感性、そして自然界への科学的な探究心。それらが一体となって生み出される作品群は、私たちに風景の新しい見方を教えてくれます。プロとしての覚悟を決めた転換点から、表現の可能性を追求し続けるその写真哲学に迫りました。

写真家・萩原れいこ氏

■写真家:萩原れいこ氏プロフィール
沖縄県出身。海外を放浪した後、日本の自然に魅了される。長野県志賀高原での写真修行を経て独立。現在は群馬県嬬恋村に住みながら、上信越高原国立公園を拠点として風景や生き物などを撮影し、自然環境の”命のつながり”を表現することを試みている。
HP:https://reiko-hagihara.com/

カメラとの出会いと建築への情熱

– まずは、萩原さんがカメラを手にされたきっかけを教えてください。

カメラを手にしたのは19歳の頃でした。当時、大学で建築を専攻しており、海外の建築を学ぶためにバックパックで一人旅に出た際、記録用としてフィルムカメラを購入したのがきっかけです。一人旅から戻ってきた後も京都の大学に通っていたこともあり、歴史的な寺院から現代建築、さらには民俗学的な興味からスナップや人物まで、街歩きをしながら夢中でシャッターを切っていました。

バックパッカーで旅をしながら、建物や街並み、人々の暮らしを撮影した。左上から時計回りでメキシコ、モロッコ、キューバ、シルクロード。

実は小さな頃から建築物に興味があり、小学2年生の頃には「安藤忠雄になる」と公言していたほどなんです。そこからずっと建築家を目指していましたが、大学3年生で進路に悩み、一度大学を休学して「写真表現大学」に通うことにしました。その頃、ヒップホップをしていた友人との出会いが、人生の大きな転換点となりました。

ヒップホップと表現者としての原点

HOT CONNEXION CREWのライブの様子。現在は個々で活動し、大阪のHIP HOPフェス「AIR CONTROLLER」も手掛けている。

– 建築からヒップホップ、そして写真へ。意外な繋がりですね。

友人が率いるヒップホップクルー「HOT CONNEXION CREW」に所属し、学生時代はライブ撮影にのめり込みました。仲間たちと共に夢を追いかけたこの時間は、今の私を形作る大切な土台となっています。「下手でもいいから続けること」「個性を磨くこと」「何より楽しむこと」。表現者として最も重要な姿勢は、この時期に培われました。

大学卒業後、一度は建築の仕事に就きましたが、社会人としての生活に馴染めず悩んでいた時期がありました。そんな私を救ってくれたのは、幼い頃から大好きだった自然の中に身を置くことでした。もともと自然環境の保全に携わる仕事に就きたいという想いもあり、自然に癒やされる中で、自分の「物作りがしたい」という表現への意欲と「自然の魅力を発信すること」が写真という道で一つに繋がったように思えたのです。そんな折、書店で手にした雑誌『風景写真』に掲載されていた、絵画のように芸術的な作品群に大きな衝撃を受け、「いつか自分もこんな写真を撮りたい」という明確な目標が芽生えました。

雑誌「風景写真」のプロジェクトへ参加して

– その後、沖縄への帰郷を経て大きなチャンスを掴まれたそうですが。

父の病気をきっかけに、大阪から実家のある沖縄へ帰郷しました。心の中には常に写真で食べていきたいという想いがありましたが、当時は「公務員として働きながら10年ほどかけて力を蓄え、それから独立しよう」と計画を立てていました。

そんな折、帰郷して3〜4年が経った頃に『風景写真』の編集長から「若手風景写真家育成プロジェクト」への誘いを受けたんです。「このチャンスを逃したくない」という一心で、「やります!」と即答しました。当初の計画よりずっと早まりましたが、公務員を辞めて長野県・志賀高原へ移住することを決意しました。

安定した職を辞めることに周囲の反対もありましたが、この決断がプロへの大きな一歩となりました。このプロジェクトは「石の湯ロッジ」で従業員として働きながら、隙間時間に写真を撮るというもので今思えばかなりハードでした。しかし、その3年間があったからこそプロとしての根性が据わりましたし、写真家の中西敏貴さん、萩原史郎さん、そして後に萩原俊哉さんと出会い、多くのことを学ぶことができました。

沖縄に帰郷し、本格的に隔月刊「風景写真」のコンテストに応募をスタート。四季が乏しい島の中で、必死に被写体を探し回った。

光を追うことから、命と向き合うことへ

– 萩原さんが考える「風景写真の魅力」とは何でしょうか。

始めた当初は、「日常では絶対に見られない光景に出合えること」に一番感動していました。朝3時に家を出発して出合う、湿原の靄(もや)に光が差し込む幻想的な瞬間や、満天の星空。そうした非日常の美しさに触れられることが最大の魅力でした。

早朝に靄が出て光が差すと、美しい光芒が現れる。たとえ光芒が出なくても、ミズナラやブナの巨木が並び、四季折々の植物が見られる魅力的な場所だ。

しかし、長く撮り続けていくうちに視点が変わってきました。風景写真には劇的な現象を追いかける側面がありますが、ある時ふと「自分は何を見ているんだろう」と虚しさを感じたことがあったんです。条件が悪いと帰ってしまう人もいますが、たとえ光が理想的でなくとも、風景はそこにあり、小さな芽吹きや生き物たちの命は確かに存在しています。光に踊らされるのではなく、被写体そのものを理解し、じっくり向き合いたい。そう思うようになったのが、今のテーマに繋がる大きな転換点でした。

植物も単体で生きているわけではありません。鳥や虫、そして菌類などの生き物たちが複雑に絡み合って風景が出来上がっています。「なぜこの蝶はここにいるのか」を考えると、その幼虫が食べる特定の植物がそこにあることに気づく。知れば知るほど、いかに自分が自然を知らなかったかを痛感します。季節で刻々と変わる風景の無限の広がりを、これからも勉強し続けていきたいですね。

– 最近は「菌根菌」に注目されていると伺いました。

私の撮影テーマは、いわゆる「絶景」から、風景の背後にある「命の繋がり」を写し出すことへと変化しました。中でも「菌根菌」の存在を知ったことは、大きな衝撃でした。

菌根菌とは植物の根に共生する菌で、土の中のリン酸や水分などを植物に与える代わりに、植物が光合成で作った糖などをもらうという共生関係を築いています。これがあるからこそ、切り倒された後の切り株が周囲の木とつながり、養分を分け与えられ、何十年も「生かされている」ことがあるんです。目に見える風景の裏側に、こうした命のネットワークがある。それを知ってから、切り株一つに対しても強い存在感を感じるようになりました。この目に見えないコミュニケーションをどう写真に落とし込めるか、最近は土を掘り、顕微鏡レベルの視点も取り入れながら模索しています。

ダケカンバの林床の落ち葉をめくって見つけた外生菌根菌。まるで血管のように、生き生きとエネルギーがみなぎっていた。

自然へのリスペクトと、表現への想い

– 撮影場所の選び方にもこだわりがあるのでしょうか。

車中泊で日本中を旅したこともありましたが、今の私のテーマは「狭いエリアを深く掘り下げること」になりますので、上信越高原国立公園を拠点に土地の歴史や自然情報を学びながら撮影をしています。外に行く時も嬬恋村や志賀高原の自然と比較しながら撮影することを大切にしています。

有名な景勝地にはすでに多くの名作が存在しますが、私が撮りたいのは「動植物などの命の一生」そのものです。満開の花だけでなく、つぼみから枯れゆく姿まで、その瞬間にしか見られない命の移ろいをすくい上げたい。そのために、航空写真で地形を確認し、標高や地域性などから自然環境を想像してから自ら足を運びます。

ムラサキヤシオツツジのつぼみ。開花した状態よりも、濃く艶やかな色合いを放っている。ふたつセットで並ぶことが多い。

– 撮影時に最も大切にされている信念を教えてください。

何より大切にしているのは、自然に対する「敬意(リスペクト)」です。自然は言葉を発しませんが、人間と同じように接すべき存在。撮影の邪魔だからと枝を折るようなことは絶対にしません。「撮らせていただいている」という感謝こそが、良い写真を撮るための大前提だと思っています。

かつて動物写真家の小原玲さんとお話しした際、「悲しい写真を発表しても、メッセージは大きく広がらない」という考えに深く共感しました。破壊の現場を見せて心を痛めるよりも、美しさや愛おしさを通じて自然の大切さを知ってもらう。私も、悲劇性で訴えるのではなく、美しさを通じて自然の魅力を伝えていきたいと強く思っています。

ヤナギランやヨツバヒヨドリが咲く草原で見つけたクジャクチョウ。特に生き物は深追いせず、慎重に配慮しながら撮影する。

進化する撮影機材と編集環境

– 最新のカメラや編集技術についてはどのようにお考えですか?

機材の進化は、表現の可能性を広げてくれる素晴らしいものだと思っています。例えば、日没後の暗い中でツバメの集団ねぐら入りを撮る際、ISO 64000という超高感度で1/1000秒を確保する。これは昔の機材では不可能だった表現です。

現在は、豊かな階調のソニー「αシリーズ」と、曇天でも印象的な色を再現してくれる富士フイルム「Xシリーズ」を、現場の状況に合わせて使い分けています。ニコンのフィルムカメラから始まった私の写真の旅は、常にその時々の「撮りたい」に応えてくれる相棒と共にあります。

五千から一万羽のツバメがねぐら入りする場面。被写界深度と高速連写が必要だったため、F8、1/1000秒で撮影した結果ISO64000になった。

また、Lightroomなどによる編集も一般的になりましたが、それによって自分の目指す「自然の魅力」がより伝わるのであれば、積極的に活用してもいいと考えています。ただ、大切なのは「何を目指してそのツールを使うのか」という自分なりの軸を持っていること。周りの環境や技術がどれほど変わっても、自分が表現したい「命の繋がり」という根本が変わることはありません。

AIなどの新しい技術についても、写真家として常に情報をキャッチアップしておきたいと思っています。ただ、私自身の表現においては「命」や「愛」といった普遍的なテーマを扱っているため、現時点ではAIを駆使した加工などは考えていません。

写真は「真実を写す」と書くように、やはりリアルであることは守りたい一線です。最近はショート動画などで、AIによって生成された偽物の動物が暴れる映像を見かけることもありますが、よく見ると違和感がありますし、リアルでない表現に触れると一気に気持ちが冷めてしまいます。「真実を写す」というスタンスをベースに、現像(RAW現像)などの表現手法を磨きながら、自然のありのままの美しさを追求していきたいです。

メッセージ

何百回も通い続けている志賀高原の代表的な撮影地。火山が生み出した山や湿原、亜高山帯の動植物など、豊かな自然が大好きだ。

– 最後に、風景写真 初心者の方や、これから始めたい方へのメッセージをお願いします。

まずは「楽しむこと」を大切にしてください。写真を撮るために一歩外へ踏み出すことで、普段の生活では決して見られないような美しい景色や光に出合うことができます。その感動や幸せな気持ちこそが、風景写真の最初の醍醐味です。

結果を急いでコンテストの合否に一喜一憂するのではなく、まずは自分が心からワクワクできるフィールドを見つけてください。自分だけのテーマを持ち、目の前にある一つの被写体と深く対話するようにシャッターを切る。その積み重ねによって、レンズ越しに見える世界は必ず輝き始めます。

萩原れいこ 写真展「風景を紡ぐ」|2026年4月23日~5月13日@松本・並柳店

本インタビューに応えて頂いた写真家・萩原れいこさんの写真展「風景を紡ぐ」を2026年4月23日~5月13日の期間にカメラのキタムラ松本・並柳店で開催します。お近くにお越しの際は是非お立ち寄りください。

・名称:「風景を紡ぐ」
・日程:2026年4月23日(木)~5月13日(水)
・時間:10:00~19:00 ※最終日5月13日は15:00迄
・会場:カメラのキタムラ松本・並柳店 [ ホームページ
・住所:長野県松本市出川3丁目5-16 [ 地図
    「南松本駅」から車で7分
・費用:入場料無料
・展示:A2サイズの作品10点

・ギャラリートーク:2026年5月2日(土)14時~15時

本展では、植物や動物などの小さな命にも目を向けることで、壮大な風景が多様な生命によって紡がれていることをお伝えできればと願っています。私たちの知らないところでも、数多くの命が日々営みを続け、その豊かな生物の多様性が私たちの暮らしを支えています。本展を通して、目には見えにくい命のつながりを感じ、これから出会う風景の中に、その気配を見つけていただけましたら幸いです。

写真家 萩原れいこ

■萩原れいこ氏プロフィール
沖縄県出身。海外を放浪した後、日本の自然に魅了される。長野県志賀高原での写真修行を経て独立。現在は群馬県嬬恋村に住みながら、上信越高原国立公園を拠点として風景や生き物などを撮影し、自然環境の”命のつながり”を表現することを試みている。

写真集「Heart of Nature」(風景写真出版)、「現代風景写真表現」(玄光社)、「風景写真まるわかり教室」(玄光社)等、著書多数。
カメラグランプリ審査員、日本風景写真家協会会員、志賀高原石の湯ロッジ写真教室講師、富士フイルムデジタルカメラセミナー講師、嬬恋村キャベツ大使(観光大使)等。

 

 

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