風景写真をビフォー・アフターで学ぶ|その8:新緑編

萩原れいこ
風景写真をビフォー・アフターで学ぶ|その8:新緑編

はじめに

「風景写真をビフォー・アフターで学ぶ」シリーズの第8弾となります。このシリーズでは、完成された写真だけでなく、完成に至るまでの写真もご紹介しながら、どのようなプロセスで作品を追い込んでいくのか、その思考回路をご紹介いたします。今回は「新緑編」をお届けしたいと思います。

桜花の季節も終わり、いよいよ本格的な新緑の季節です。新緑とは木々が芽吹いた若葉のことで、地域によって異なりますが3月〜6月にかけて見ることができます。冬の間に葉を落としていたカエデやナラなどの落葉樹が、夏の光合成に備えて葉をつけ始めます。落葉樹だけでなく、クスノキなどの常緑広葉樹やマツなどの針葉樹でも、よくみると枝先に明るい緑色の葉を出しています。

撮影に出かけるだけでなく、近所を散歩しながら木々の様子を観察すると、可愛らしい新芽の姿に春を感じることできます。愛情が芽生えることで新緑を眺めるまなざしにも変化が生まれ、写真表現もきっと豊かになることでしょう。

新緑の風景について

新緑は初々しい萌黄色が主体ですが、ヤマザクラは赤色、コシアブラはレモン色といったように、さまざまな新緑の色が楽しめます。地域や標高によって樹種が違い、彩りも異なるため、旅先で観察してみると新たな発見があるでしょう。

山吹色のカエデや赤色のヤマザクラ、若草色のハンノキなど、さまざまな彩りが詰まった山肌を望遠レンズで切り取った。
■撮影機材:ソニー α7R IV + FE 70-200mm F2.8 GM OSS
■撮影環境:焦点距離200mm 絞り優先AE(F11、1/50秒、-0.7EV) ISO100 太陽光

また、標高の高い山には残雪が見られる季節でもあり、新緑を主役にしつつ残雪を脇役に添えると、冬から春への季節の移ろいを表現することができます。高山に咲くオオヤマザクラやマメザクラの開花時期と重なることもあり、場所によっては新緑とサクラのコラボレーションも楽しむことができます。時間がとれる際は、標高の高い山へ撮影に出かけるのもよいでしょう。

撮影の注意事項

木々の芽吹きとともに、さまざまな生き物が目覚める季節です。山へ撮影に出かける際は、クマと遭遇しないために熊鈴を持参しましょう。もしばったり出くわしてしまったときは、背中を向けて逃げずに、クマの動きを見ながらゆっくりと後ずさります。

また、ヤマビルも全国的に増えています。ヤマビル用のスプレーを靴や衣服に吹きかけたり、刺された時のために塩を持っておくと安心でしょう。アブなど虫も増える時期ですので、虫除けスプレーも持参しましょう。

インターネットでクマやヤマビルの出没情報を調べることができます。慣れない撮影地に出かける際は、事前にチェックして備えておくことが安心です。

ビフォー・アフター

ここからは、新緑撮影の5つのヒントをお伝えします。ビフォー・アフターの写真はそれぞれ同じ被写体を撮影していますが、アングルや構図、シャッターチャンスなどが異なります。ひと工夫することで、新緑の魅力をいっそう引き出すことができます。

見上げ構図で伸びやかさを表現

ビフォー
■撮影機材:ソニー α7R V + FE 14mm F1.8 GM
■撮影環境:焦点距離14mm 絞り優先AE(F16、1/20秒、-1EV) ISO400 太陽光

シダが群生する森に入りました。超広角レンズで手前のシダに近寄り、俯瞰するように撮影して空間の広がりを演出しています。森の中のシダを撮影する定番のアングルで、構図としてまとまっていますが、新緑らしい伸びやかさを演出したいと考えました。そこで手持ち撮影に切り替え、さまざまなアングルを探してみることにしました。

アフター
■撮影機材:ソニー α7R V + FE 14mm F1.8 GM
■撮影環境:焦点距離14mm 絞り優先AE(F1.8、1/2000秒、+0.3EV) ISO100 太陽光

カメラを地面に置くように低い位置に構え、空を見上げて撮影しました。葉の広がりがバランスよく見えるシダを選び、背景に空が入る場所を探しています。ピントは空に重ねたシダの葉に合わせ、絞りを開放気味にすることで、主役のシダを目立たせています。

このように、空を見上げて撮る際は手前の新緑が暗く見えてしまいがちなので、露出を+3EVなど思い切り明るくして構図を整えます。その後に、空が白飛びしないギリギリの露出まで下げて撮影し、RAW現像で明るく調整します。そうすると、プリントに適した美しい作品に仕上げることができます。

シダだけでなく、カエデやブナなども見上げて撮影すると、生命力あふれる伸びやかな新緑を表現できます。

美しい青空を大胆に入れる

ビフォー
■撮影機材:ソニー α7R V + FE 24-70mm F2.8 GM II
■撮影環境:焦点距離34mm 絞り優先AE(F11、1/200秒、+0.3EV) ISO200 太陽光

新緑のシラカバが立ち並ぶ高原を撮影していると、青空に美しい巻雲が現れました。シラカバと青空を1:1で配置し、安定感を出して撮影しましたが、その場で感じた清々しい空気感をうまく表現できていません。そこで、より広角域に変更し、青空を大きく入れてみることに。

シラカバの新緑もくすんで見えるため、少し明るく露出補正することにしました。

アフター
■撮影機材:ソニー α7R V + FE 24-70mm F2.8 GM II
■撮影環境:焦点距離27mm 絞り優先AE(F11、1/160秒、+1EV) ISO200 太陽光

シラカバと青空を1:2の配分にし、青空を広々と捉えました。そうすることで、初夏の高原の爽やかな雰囲気を伝えることができました。また、露出を明るくしたことで新緑の輝きも表現でき、涼しげな風を感じさせます。

このように青空を大胆に入れる構図は、雲の表情が肝心です。雲がない青空だと間延びして見えるので、良い雲が浮かんでいたらシャッターチャンス。雲も大事な被写体の一部として捉え、しっかりと構図を整えましょう。

太陽の煌めきをアクセントに

ビフォー
■撮影機材:ソニー α7R V + FE 24-70mm F2.8 GM II
■撮影環境:焦点距離24mm 絞り優先AE(F16、1/20秒、-1.3EV) ISO200 太陽光

青空が映り込む池と、湖畔の新緑が美しい場所を訪れました。標準レンズを装着し、俯瞰するように構えて撮影。黒々とした針葉樹が並ぶ対岸を入れず、水面と手前の新緑だけで構成して、「青と緑の対比」を引き立てています。逆光気味にカメラを構えて新緑の美しい透過光を捉えていますが、どこかインパクトに欠ける写真になりました。

アフター
■撮影機材:ソニー α7R V + FE 24-70mm F2.8 GM II
■撮影環境:焦点距離33mm 絞り優先AE(F16、1/50秒、-1.3EV) ISO100 太陽光

そこで、カメラ位置を低く下げ、水面に映った太陽をアクセントに添えることに。絞りをF16まで絞り込んで太陽を光条にし、葉の隙間からのぞかせて控えめに描いています。画面に太陽が加わったことでインパクトが増し、低い位置から狙うことで波紋がより際立つようになりました。新緑の透過光もコントラストが高まり、立体感が増しています。

このように太陽の光条を添えることで、新緑のみずみずしい輝きを印象づけることができます。

一枝の新芽を観察する

ビフォー
■撮影機材:ソニー α7R IV + FE 24-70mm F2.8 GM II
■撮影環境:焦点距離70mm 絞り優先AE(F2.8、1/500秒、-0.3EV) ISO100 太陽光

近場で撮影できる新緑の狙いも紹介したいと思います。こちらはレンギョウの若葉ですが、一列に並んでいる姿が可愛らしく撮影しました。背景のレンギョウが黄色の玉ボケとなり華やかですが、同系色のため主役があまり目立ちません。また、意識的に枝と平行なポジションから狙って全体的にピントを合わせていますが、どこか説明的な絵作りとなってしまいました。

アフター
■撮影機材:ソニー α7R IV + FE 24-70mm F2.8 GM II
■撮影環境:焦点距離70mm 絞り優先AE(F2.8、1/800秒) ISO100 太陽光

まず、背景の色を変えるために、レンギョウの周りをぐるりと回ってアングルを探しました。そうすると、見上げた際に青空が背景になる場所を見つけました。ポジションが低くなりすぎると若葉の形が不明瞭になるため、若葉の目線より少しだけ下がったところから撮影しています。また、たくさんの若葉にピントが合わないよう、あえて枝を斜めの方向から狙っています。そうすることでピント面の前後が大きくぼけて幻想的になりました。

このように一枝の新緑を撮影する際は、逆光やサイド光で狙うことで美しさを引き出すことができます。

風を味方につける

ビフォー
■撮影機材:ソニー α7R V + FE 70-200mm F2.8 GM OSS II
■撮影環境:焦点距離102mm 絞り優先AE(F16、1/60秒、-1EV) ISO200 太陽光

春風は心地よいものですが、撮影するときには嫌厭されがちです。ですが、風を味方につけると写真に動感を与えることができます。こちらは青々とした新緑が水面に映り込む湖で撮影しました。風が吹いていたため、白いさざ波が立っています。一面にさざ波が立つと賑やかすぎるため、風が穏やかになる瞬間を待つことにしました。

アフター
■撮影機材:ソニー α7R V + FE 70-200mm F2.8 GM OSS II
■撮影環境:焦点距離102mm 絞り優先AE(F11、1/80秒、-0.7EV) ISO200 太陽光

緩急のある風が吹き、水面にさざ波の変化ができました。ツツジやシラカバなど、視線が注がれる画面中央にさざ波がないことで、すっきりとした印象になりました。また、くの字のようなさざ波のラインが木々の縦のラインと相まって、互いにうまく引き立てあっています。

一瞬にして水面が変化するため、三脚を立ててじっくりと待ち、連写して瞬時に撮影することが大切です。また、さざ波を逆光方向で捉えると、キラキラとした輝きを脇役に添えることもできます。

まとめ

新緑は四季がはっきりしている日本ならではの自然現象であり、木々たちの命の輝きでもあります。山や森は長く厳しい冬を越え、春の到来を喜ぶような活気に満ちています。

また、農作業の開始を伝える大切なサインでもあり、日本人の生活に深く根付いています。文学や絵画などにも影響を与え、日本の美しい自然や文化の象徴でもあります。撮影者の想像力を加えることで、新緑の作品に深みや物語性を持たせることができるでしょう。

ぜひひとときの新緑の美を味わっていただき、心地よい春風を感じながら楽しい撮影となることを願っています。

 

■写真家:萩原れいこ
沖縄県出身。学生時代にカメラ片手に海外を放浪した後、日本の風景写真に魅了される。
隔月刊「風景写真」の若手風景写真家育成プロジェクトにより、志賀高原での写真修行を経て独立。現在は群馬県嬬恋村に拠点をおき、上信越高原国立公園をメインフィールドとしながら、自然風景やさまざまな命の営みを見つめている。
個展「Heart of Nature」、「羽衣~Hagoromo~」、「地獄」等を開催。著書は写真集「Heart of Nature」(風景写真出版)、「現代風景写真表現」(玄光社)、「風景写真まるわかり教室」(玄光社)等。日本風景写真家協会会員、石の湯ロッジ写真教室講師、House of Photography in Metaverse講師、嬬恋村キャベツ大使(観光大使)。

 

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