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修理人たぐちの徒然日記コラム・ギャラリー

数々の執筆経験を持つカリスマカメラ修理人・田口由明氏のカメラ修理に関するコラム。
趣味の蕎麦打ちや家庭菜園などについての話題も掲載。

プロフィールはこちらから
1948年東京生まれの団塊世代。
1966年カメラのきむらに入社、修理部に配属される。
配属後、オリンパス光学・ニコンにて修理技術研修を受ける。 カメラ修理が趣味として確立されて行く中、良き相談元として、数々の取材を受け学習研究社「カメラGET」に「修理の手引き」を執筆、その後、成文堂新光社「おとなの工作読本」に「蘇れ:名機達」の修理記事を執筆し、自ら考案した修理方法を惜しげもなく公開して、日本の文化的財産であるカメラ保存の一翼を担う。
総集編「よくわかるカメラの改造と修理」は、バイブル的存在となっている。
その後、請われて池袋東武カルチャースクールの講師となる。
緻密な銅板画を描くイギリス人画家Grahamclarkeには共鳴するところがあると言う。
杉浦日向子著の「蕎麦屋に憩う」を片手に蕎麦友と蕎麦屋通いの途中、神楽坂にある「たかさご」の店主に誘われ十割り蕎麦打ちを始める。
そして、蕎麦打ちは蕎麦作りからと、親睦会の「たかさご会」設立に伴い入会し、都下檜原村での蕎麦づくりに参加。
2007年4月、修理部閉鎖に伴い日本橋店中古売り場へ異動。
2009年4月、統合によりカメラのキタムラ日本橋店中古売り場担当として活躍する。
2010年11月、カメラのキタムラを退職し、第2の人生をスタートさせる。

2017.03.24【Vol.1437】

渡良瀬遊水池ヨシ焼きの迫力

渡良瀬遊水池ヨシ焼きの迫力

Am4:30に目を覚まし、PC電源を入れ開催の確認を致します。外気は未だ未だ冷たいです。

渡良瀬遊水池ヨシ焼きの迫力

人影を見かけない古河総合公園の花桃を楽しむ。間もなく喧噪な場になることでしょう。

渡良瀬遊水池ヨシ焼きの迫力

JR古河駅で待ち合わせ渡良瀬川に掛かる三国橋を渡り、堤沿いを走り風上を目指します。
ノロシか?いやいや!早ヨシ焼きが始まったようです。
東日本大震災後の放射能の懸念から中断しましたが生態系の影響大と野火や放火などの火災防止になり、地域防災の観点から再開されたのです。害虫の駆除にも繋がります。
又、ヨシは強い日差を遮る「ヨシズ」は夏の風物詩として利用されています。

渡良瀬遊水池ヨシ焼きの迫力

古河のお友達に案内された場所に到着した頃には立ち上がる煙の数が増え、堤にはカメラの放列が圧巻でした。

渡良瀬遊水池ヨシ焼きの迫力

堤下は安全上10m程刈り倒されてあります。周到に火を付ける順番を練ったのでしょう。
順番が回りまして火が入りました。

渡良瀬遊水池ヨシ焼きの迫力

乾燥しきったヨシは連鎖的に火が回り黒煙を上げていきます。

渡良瀬遊水池ヨシ焼きの迫力

渡良瀬遊水池ヨシ焼きの迫力

渡良瀬遊水池ヨシ焼きの迫力

それにしても乾燥しきったヨシは燃える物です。
一時は輻射熱で熱いくらいで冷えた体には喜ばしいことでしたが、昨今の衣服は石油製品ですから溶解するかと心配した次第です。
肩が触れあうお隣さんは4年も通っており、今年は風下で風速も強くなく最高の状況だ!と大喜びです。ですが風下に当たる地域は降灰等で大変でしょうね。
地域住民の理解があってのヨシ焼きです。
*ヨシとアシは言い換えているだけで同じ植物。日本の文化とでも申しましょうか、アシは「悪し」に繋がり忌み言葉なのですね。スルメ「する=賭で負ける」が縁起悪いのでアタリメと言い換える事例が多いようです。

渡良瀬遊水池ヨシ焼きの迫力

焼け残りましたヨシも残り火が勢いを増し、炎を上げ始めました。

渡良瀬遊水池ヨシ焼きの迫力

焼け尽くされたヨシ原は墨絵の世界です。所々に点在する樹林の細枝も焼けたのでしょう?煤煙に霞み良き被写体になっていました。隠居人、この風景を気に入りました。

火山の噴煙と同じように生き物の様に変化する姿は圧巻でした。

隠居人 田口由明

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