ライカ ズミルックスM f1.4/50 ASPH.|マチアルキ・ライカ(鹿児島編)

大門正明
ライカ ズミルックスM f1.4/50 ASPH.|マチアルキ・ライカ(鹿児島編)

旅の始まりは「運まかせ」の翼で

湘南の海風に背を向け、私が降り立ったのは、南国特有の濃密な湿気を帯びた鹿児島空港でした。今回の旅のきっかけは、航空会社のマイレージサービス。行き先がどこになるかはお楽しみで引き当てたのが、ここ鹿児島だったのです。

金曜の夜に飛び立ち、日曜の朝には帰路に就く。実質的にカメラを構えられるのは土曜日のみという、なかなかにタイトな「弾丸スナップ旅」。さらに追い打ちをかけるように、鹿児島のシンボル・桜島が元気よく噴火しており、市内は日常茶飯事とはいえ、火山灰の洗礼を浴びているというではありませんか。

そんな過酷な環境下、私の首から下げられた「相棒」は、ライカM11 グロッシーブラックとライカ ズミルックスM f1.4/50 ASPH.。手荷物を最小限に抑えたい一人旅において、この一本こそが究極の選択であると信じて疑わなかったのです。

魔窟での出会い、そして「黒」を選んだ理由

さて、今回携えたズミルックス50mm第4世代について少し語らせてください。2004年に彗星のごとく現れ、2023年に最短撮影距離を縮めた後継機が登場するまで、約20年もの間「標準レンズの王道」として君臨し続けた名玉です。

この子との出会いは、ライカユーザーなら誰もが一度は足を踏み入れ、そして財布を空にして帰還すると噂される「聖地」、あるいは「魔窟」こと新宿 北村写真機店でした。棚に鎮座していたのは、コンディション抜群のブラックと、ずっしりとした存在感を放つシルバー。どちらも「連れて帰って」と言わんばかりの、つぶらで美しい瞳で私を見つめてくるのです。

本来なら、ライカM11のシルバークロームには真鍮削り出しのシルバーレンズが似合う、というのが定石でしょう。しかし、人生もカメラも「軽さ」が正義となる瞬間があります。シルバーの重厚な質感に後ろ髪を引かれつつも、アルミ製の軽量なブラックモデルを選択しました。約120gの差は、マチアルキにおいて私の肩の凝りを左右する死活問題なのです。

このレンズの凄みは、設計者ピーター・カルベ氏のインタビュー記事にあるとおり、アポクロマート補正に準じた徹底的な色収差の排除にあります。私が愛用する「アポ・ズミクロンM f2/35 ASPH.」と併用しても、描写のトーンに違和感がないのは、この卓越した補正技術のおかげなのでしょう。

■撮影機材:ライカM11 グロッシーブラック + ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.
■撮影環境:絞りF6.8 1/250秒 ISO200 WB:オート

城山での敗北、そして灰の洗礼

鹿児島マチアルキのスタートは、定番の城山展望台から。標高107メートルの高台からは、錦江湾に浮かぶ雄大な桜島が一望できるはずでした。しかし、バスに揺られて山を登る途中、窓の外に見えたのは真っ白な噴煙。不穏な空気を感じつつも下車しましたが、そこはまさに「灰の嵐」でした。

目を開けていられないほどの粉塵、そして呼吸のしづらさ。火山灰はガラス成分を含んでいるため、安易にレンズを出すのは自殺行為です。大切なライカを灰まみれにする勇気はなく、iPhoneで泣く泣く1枚。スナップへの情熱が灰と共に霧散しそうになるのを、必死で食い止めました。

「灯台下暗し、火口の近くなら逆に灰は降っていないのでは?」という、自分でも呆れるような謎理論に縋り、私はフェリーに乗り込みました。海を渡る間は快適そのもの。しかし、桜島に上陸した瞬間、足元に広がる「灰のカーペット」に言葉を失いました。一歩踏み出すたびに舞い上がるスモーク。私は咳き込みながら逃げるようにフェリーへと引き返し、鹿児島市内へと帰還したのでした。おかげで気管をやられ、楽しみにしていた芋焼酎を一時お預けにするという、痛恨のミスを犯してしまいました。

■撮影機材:ライカM11 グロッシーブラック + ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.
■撮影環境:絞りF9.5 1/800秒 ISO64 WB:オート
■撮影機材:ライカM11 グロッシーブラック + ライカ ズミルックスM f1.4/50 ASPH.
■撮影環境:絞りF8 1/80秒 ISO500 WB:オート

天文館の光、レンズが見せる二面性

気を取り直し、舞台は鹿児島最大の繁華街、天文館へ。ここは灰の影響も少なく、ようやくズミルックスがその真価を発揮する時が来ました。

江戸時代から続く老舗百貨店の、ルネサンス様式を彷彿とさせるドーム屋根や重厚な列柱。それとは対照的に、街角に座り込む現代の若者たちや、生真面目な面持ちでハンドルを握るタクシードライバー。そんな「鹿児島の今」が、50mmという画角には心地よく収まっていきます。

ズミルックス50mm ASPH.の描写は実に興味深い。絞り開放付近では、細く繊細な線で被写体を浮き上がらせる「ウェットな質感」を見せたかと思えば、少し絞り込むだけで、驚くほど力強く、芯のある描写へと変貌を遂げます。この二面性こそが、このレンズの魔力。それはまるで、泰然自若とした構えで旅人を迎える桜島が、風向き一つで容赦ない灰の洗礼を浴びせてくるあの豹変ぶりのようで……おっと、これは私の気管が文字通り悲鳴を上げた、鹿児島での痛烈な実体験そのものでした。 鹿児島の荒ぶる自然の洗礼に鍛えられた私としては、この「光の魔術師」の真価を余すことなく引き出すべく、常に襟を正してシャッターを切らねばなりません。

■撮影機材:ライカM11 グロッシーブラック + ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.
■撮影環境:絞りF5.6 1/250秒 ISO64 WB:オート
■撮影機材:ライカM11 グロッシーブラック + ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.
■撮影環境:絞りF5.6 1/1000秒 ISO64 WB:オート
■撮影機材:ライカM11 グロッシーブラック + ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.
■撮影環境:絞りF8 1/200秒 ISO3200 WB:オート
■撮影機材:ライカM11 グロッシーブラック + ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.
■撮影環境:絞りF11 1/180秒 ISO1250 WB:オート

斜陽に輝く高見橋、そして面目躍如の一枚

旅の締めくくりは、市電に乗って高見橋へ。甲突川に架かるこの橋には、近代日本の礎を築いた大久保利通の像が鎮座しています。西陽を浴びて淡くオレンジ色に輝く学生たちのシルエット。その横を、どこか懐かしい旧東海道線を思わせる色の市電が通り過ぎていきます。

ホテルへと戻るアーケードの隅、ショーウィンドウに飾られたアンティークのランプに目が留まりました。周囲の光が落ちていく中、ズミルックスの絞りを解放付近へと解き放ちます。ファインダー越しに、ガラス細工が吸い込んだ淡い光を丁寧に捉える。焼き上がった写真には、高周波なシャープネスと、とろけるようなボケが同居していました。まさに「ルックス(光)」の名の通り、光の表情を繊細に写し出す、ズミルックスの独壇場です。

■撮影機材:ライカM11 グロッシーブラック + ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.
■撮影環境:絞りF4 1/250秒 ISO200 WB:オート
■撮影機材:ライカM11 グロッシーブラック + ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.
■撮影環境:絞りF6.8 1/250秒 ISO64 WB:オート
■撮影機材:ライカM11 グロッシーブラック + ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.
■撮影環境:絞りF1.7 1/180秒 ISO500 WB:オート

結びに

鹿児島の灰に翻弄され、喉を痛め、最短撮影距離に苦笑いした弾丸旅。しかし、手元に残った写真たちは、どれもがライカでなければ撮れなかった「空気」を纏っていました。火山灰と共生する鹿児島の人々の逞しさと、ズミルックスが見せてくれたノーブルな光の競演。

さて、次はこの頼もしい相棒を連れて、どこをマチアルキしましょうか。

 

 

■写真家:大門正明
大門美奈と2011年リコーRING CUBEの公募展「Portugal」でデビュー。以来、妻に鍛えられながら制作を続けている。グループ展への参加のほか2022年に2人展「Bright Britain」など。DAIMONWORKS主催。

 

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