名作は砂丘ではなく地元の砂浜で生まれた。 ご子息が明かす植田正治の「写真する」日常
はじめに
新宿 北村写真機店B1Fベースメントギャラリーで「もう一度、植田正治-発掘されたカラー作品とオリジナルプリントから、植田正治を再発見する-」が2026年7月31日(金)まで開催中だ。
日本が世界に誇る写真家・植田正治氏の特別な展示の開催を記念して、ご子息である植田亨氏にShaSha編集部が独占インタビューを行った。同氏のオリジナルプリントや愛機が残る生家を訪ね、亨氏に植田正治氏の「写真する」日々について語っていただいた。本展で展示中の代表作『パパとママとコドモたち』の撮影時の亨氏目線の裏話をはじめ、かけがえのない記憶の断片をお届けする。

「写真する」とは何か
植田正治氏を語るうえで、欠かせないキーワードは「写真する」という言葉だ。生前「写真することがとても楽しい」と頻繁に口にしていたという。
一般的に「写真を撮影する」といえば、目の前にある被写体をカメラで記録する行為を指す。しかし、植田正治氏にとっての「写真する」とは、単なるカメラを使った記録ではなく、写真にまつわるすべての行為や表現を愛し「自分の好きなものしか撮らない」と自由に写真と向き合うことを表した言葉である。
亨氏の記憶に色濃く残る父親は、まさにその言葉通り日々「写真する」姿であった。
「親父の朝は、とにかく早かった。朝起きると、まずこの西向きの窓から空をずっーと空を見ていました。それで、空を見て言うのです。『今日はこっちから風が来るから昼から晴れるかもしれない』『天気がいいからあそこに行こう』と。朝起きた時から、どこで撮影するか考えていましたよ」

午前10時を過ぎる頃になると、写真仲間たちが自宅へ続々と集まってきた。それから植田正治氏は彼らを連れ立って撮影に出かけ、帰ってくるのは夕方ごろ。出先で腹が減れば食事を取り、帰宅すればさっと布団を敷いてひとりで寝てしまう父親だったという。
「とにかくカバンの中にはカメラが必ず入っていました。天気さえ良ければほとんど毎日写真を撮っていたと思います。『今日は良い写真が1枚撮れた』と嬉しそうに呟く日もあれば、気に入った光景に出会うと、弾みがついたようにトントントンと数枚を重ねて撮る。しかし、ひとつの場面に対して何十枚もシャッターを切ることはありませんでしたね。誰かを取材するときでも、親父の撮り方っていうのは非常に素早くて、あっという間に撮影は終わってしまうんですよ」
そして、今回自宅に訪れて驚いたことは、膨大な機材のコレクションを持ちながらも、撮影に出かける際に持ち歩くのは一台のカメラだけだったことである。

「親父に、カメラはたくさん持っているのに、なぜ一台しか持っていかないのかと尋ねたことがあります。すると、こう言いました。『何台あったって、俺の手はひとつしかないんだから』と。撮影から帰ってくると、いつもその日使った一台をコタツのところに置いておく。まるで、そのカメラに休んで、というような感じでしたよ」
8×10などの大判のカメラも担いで出かけたという。とにかく写真が好きで、カメラが好き、そんな植田正治氏の日常がうかがえる。

俺はアマチュアカメラマンだ
植田正治氏は、生涯で一人も弟子を取らなかった。その根底にあったのは、彼が最期まで大切にした「自分はアマチュアカメラマンだ」というポリシーである。
「親父は『俺はプロの写真家ではない、アマチュアカメラマンだ』とよく言っていました。自分の好きなものを、好きなように撮る。それこそが最も幸せなのだと。だから、弟子を育てるという意識はさらさらなく、集まってくる人々を『みんなで一緒に写真を撮りに行く仲間』として対等に扱っていました。要するに、弟子ではなくて『仲間』だったら良いと。日々、集まってくる写真仲間に『どうしようか、どこに行こうか』と声をかけ、あちこち撮影に行っていましたよ」
植田正治氏は、誰が相手であっても、年齢も関係なかった。人によって態度を変えることはなく、色々な人と写真を撮りに行ったという。「植田先生」と彼を慕い、周囲に集う人々に対しても、植田正治氏は常に等身大で接し、他人の写真を決してけなさなかった。
「他人の写真を見て意見を求められたとき、親父は『これは悪い』とは絶対に言いませんでした。ただ褒めることしかしないのです。人を蹴落とすようなことは嫌だということでした。せっかく真摯に写真に向き合って作ってきた作品なのだから、その情熱に対して自分も真摯でありたい、と」
その姿勢こそが、彼が終生失わなかった写真への敬意だったのではないだろうか。

現像は鼻歌を歌いながら。時代はモノクロからカラーへ
植田正治氏は撮影から戻ると、その日のうちに現像の作業に取り掛かることもあった。自宅の暗室は、子どもたちにとっては「父親の仕事場」でなかなか入ることのできない聖域。その聖域から父親の「鼻歌」が聞こえてきた。
「暗室の中で、親父はよく鼻歌を歌っていました。浮き上がってくる画像の濃度や色味をじっと見極めながら、長い時間暗室にいましたよ。現像までこだわる人でした。底が深い現像用のタンクを使い、フィルムを巻かずに吊るした状態で現像するのが親父の理想でした。たっぷりの液を使って吊るし現像をするのが良いのだと言っていましたね」

しかし、時代がモノクロからカラーへと移り変わるにつれ、植田正治氏には葛藤が生まれたようだ。カラー写真というものに対して、当初は拒否反応を示していたという。
「モノクロであれば、暗室のなかで自分の手でいくらでも微調整ができる。しかしカラーとなると、当時は専門のラボへ現像やプリントを委託せざるを得ませんでした。自分の思い通りの色にならない、他人の手にコントロールを委ねなければならないということが、親父にとっては嫌だったんだと思います」
それでも写真への探求心は衰えず、植田正治氏はカラーの世界へも足を踏み入れた。そして、彼が好んで選んだのは「ポジフィルム」による撮影であった。ポジフィルムであれば、露出などは撮影する自分自身の腕にかかっている。ラボへ現像を出したとしても、あがってきたポジフィルムには自分が頭の中で計算した通りの光がほぼ定着していることが多いからだ。
モノクロのイメージが強い植田正治氏だが、時代の変化に合わせ自分にあった方法でカラー撮影にも取り組んでいた。

名作は地元・境港の砂浜で生まれたー『パパとママとコドモたち』撮影秘話
そして今回のインタビューにおいて、最大の収穫となったのが亨氏が語る、家族撮影の裏側だ。
世に広く知られる植田正治氏のイメージといえば、広大な鳥取砂丘を舞台に、人物をオブジェのように配置した、”Ueda-Cho(植田調)”として有名な演出写真である。しかし、亨氏から語られたのは、植田正治氏の作品の多くが生家からほど近い海岸の砂浜で撮影されているということだった。
「すべての作品は鳥取砂丘で撮っているのですよね?と皆さんよくおっしゃいますが、実は親父はあそこにはほとんど行っていないのです。もちろん、仕事で鳥取砂丘に行くこともありましたが、親父が一番撮影へ行っていたのは、もっと身近な境港の砂浜でした」
当時、植田正治氏の自宅から鳥取砂丘まで移動するのに、車で5時間〜6時間も要したという。交通網が未発達だった戦後間もない頃、幼い子どもたちを連れてそれほどの長旅をすることは現実的ではなかった。『パパとママとコドモたち』をはじめとする家族をモデルにした有名作品は、自転車や徒歩で気軽に行くことのできる場所で撮影された。
「親父から『砂浜に遊びに行こう』と誘われるわけです。子どもですから、私たちは純粋に遊びに行けると思って喜んでついていく。ところが、いざ砂浜へ着くと違うのです。あっちへ手を伸ばせ、こっちでこうしていろ、と事細かに指示が飛ぶ。私たちは遊びに来たはずなのに、いつの間にかモデルをさせられているわけですから、がっかりしたこともありましたよ。それでも『パパとママとコドモたち』は一番印象に残っている撮影です」
亨氏は懐かしそうに目を細めながら、当時の思い出を振り返る。


植田正治にとって重要だったのは「鳥取砂丘」ではなく、自然のホリゾントとなる「砂浜」だった。砂浜をスタジオに見立て、家族全員が父親である植田正治氏に合わせてポーズを取る。名作に写っていた家族の姿は、日々の暮らしの延長線上にある植田正治氏の「写真する日常」そのものだった。
「もう一度、植田正治」に出会うために。新宿 北村写真機店での再発見
本展のタイトルは「もう一度、植田正治-発掘されたカラー作品とオリジナルプリントから、植田正治を再発見する-」である。これまであまり表に出てこなかった未公開のカラー作品と、長年親しまれてきたモノクロ作品のオリジナルプリントが展示されている。
世界を魅了した代表作『砂丘シリーズ』他、植田正治氏の家族を撮影した『パパとママとコドモたち』など、独自の世界観”Ueda-Cho(植田調)”として愛され続けてきた作品を楽しめることはもちろん、時代の変化のなかで植田正治氏がカラー写真で独自の表現を模索していた足跡も再発見していただける構成となっている。
はじめてでも、もう一度でも。
国内外から写真好きがあつまる新宿 北村写真機店。その地下に広がるベースメントギャラリーで、誰よりも写真を愛した植田正治作品の魅力を「もう一度」堪能してはどうだろう。会期終了まで残りわずか。ぜひ期間中に訪れていただきたい。

写真展情報
◾️名称:「もう一度、植田正治-発掘されたカラー作品とオリジナルプリントから、植田正治を再発見する-」
◾️日時:2026年7月1日(水) – 2026年7月31日(金)
◾️時間:10:00 -21:00
◾️会場:新宿 北村写真機店 B1Fベースメントギャラリー
◾️住所:東京都新宿区新宿3丁目26-14[地図]
◾️HP:https://www.kitamuracamera.jp/ja/information/exhibition/open6th_shojiueda/
◾️費用:入場無料











