映画の中の、あのカメラ|16 スローガン(1968) ツァイス・イコン フォクトレンダー ビテッサ 500AE electronic
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。唐突ですが、映画の小道具でカメラが出てくるとドキッとしてしまい、俳優さんではなくカメラを凝視してしまったという経験はありませんか? 本連載『映画の中の、あのカメラ』は、タイトルどおり古今東西の映画の中に登場した“気になるカメラ”を毎回1機種取り上げ、掘り下げていくという企画です。
アイコニックなカップル誕生の着火点
今回取り上げる作品は、ピエール・グランブラ監督の『スローガン』です。この映画はセルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンが初共演し、その後にカップルとなるきっかけとなった記念碑的な作品です。舞台は1960年代後半のフランス広告業界。敏腕ディレクターのピエールはベネチアCM映画祭で最高賞を獲得し、鬼才としてもてはやされています。そんな彼がホテルのエレベーターで出会った若いイギリス女性のエブリンに一目惚れして、やがて二人はパリで愛の生活を始めるという、セルジュとジェーンの私生活(というかセルジュによる洗脳支配)を予感させるようなオシャレでスタイリッシュな映画です。
依頼された新作CMの商品として登場するカメラ

映画の冒頭には疾走する欧州の長距離鉄道車内で乱闘する男が相手をぶっ倒すシーンがあり、激しい暴力を振るいおわった男は満足げに客車の洗面台にあるコロンを首元にすりつけてエクスタシーの表情を浮かべるという珍妙な演出が続きます。これはセルジュ演ずるピエールの制作したフレグランスのCMなんですね。このシークエンスは広告業界にのさばる無分別な表現に対する映画制作者からの皮肉なのかもしれませんが、売れっ子のピエールが次に手がける商品として登場するのがこのカメラ、ビテッサ 500AE electronicなのです。
日本ではあまり知られていないビテッサというカメラ

劇中でセルジュが演じるピエールは手のひらにカメラを載せて高く掲げ、『日本のメーカーも注目している』と呟きながらCMのアイデアを練っているシーンがあります。でも、このカメラのことを日本のメーカーもユーザーもあまり注目していなかったような気がします。ビテッサという名が最初に付けられたカメラは、フォクトレンダーが1950年に発売した35ミリ判のレンズシャッター式レンジファインダーカメラです。まだノブ式のフィルム巻き上げが主流だった時代にプランジャーと呼ばれる煙突状のシャフトを押し込む画期的な方式を採用し、レンズとシャッターのユニットは観音開きでボディから飛び出るびっくりメカを搭載するという革新的なカメラでした。右にあるのが1954年に露出計が搭載されたビテッサLというモデル、左が劇中に登場するビテッサ 500AE electronicです。名前は同じですけれど、全然違うカメラという印象ですよね。
ツァイス・イコン フォクトレンダーというブランドとは?

ビテッサ 500AE electronicは、映画の制作時期と同じく1967年から1968年にかけて発売されたモデルです。1950年代のビテッサとは雰囲気が異なり、日本製カメラを意識したのかどうか不明ですがコンパクトなサイズ感が特長です。ブランドはフォクトレンダーではなくツァイス・イコン フォクトレンダー。この時代には旧西ドイツのカメラ事業は人件費の高騰に加え日本製カメラの市場侵略が進行したことから経営の危機にさらされていました。ツァイス・イコンは第1次世界大戦後の経済的な混乱によって数多くのドイツ光学メーカーが合併することで生き残りの道を選んで生まれたブランドですが、そこに属していなかったフォクトレンダーも合併せざるを得ない状況が、こんなに長いブランド名にさせてしまったのだと思います。
どことなくトランジスタラジオ的な雰囲気のデザイン

ボディ背面から見ると、長方形をベースにして極力出っ張りを無くそうとしているデザインであることが分かります。カメラの天面は四角いシャッターボタンとホットシューしかなく、フィルムの巻き上げと巻き戻しの操作部品は底面に配置してあります。クロームメッキされた薄板のパーツと四角い樹脂製のボディが醸しだす雰囲気は、この当時のポータブル式トランジスタラジオを思わせるもの。押し寄せる日本製カメラの脅威に立ち向かうべく、上り調子で需要を増やしている電子機器であるトランジスタラジオに擬態した意匠で勝負に出たという解釈もできそうです。
電子制御されたシャッターユニットを搭載

ビテッサ 500AE electronicは、その名のとおり電子制御のカメラです。シャッターはプロンター500 electronicを搭載。電磁制御のリーフシャッターは10秒のロングシャッターから1/500秒まで無段階に作動します。電源はPX825タイプの大きなボタン電池を2つ使用し、レンズ両サイドの黒い樹脂製のカバーをスライドさせて格納する仕組み。当該の電池は現在絶版なので、入手しやすいMR9水銀電池互換のボタン電池にスペーサーを介して実装すれば現在でも特に問題なく作動させることができます。
絞り優先で気軽に撮影することが可能

電池2つを入れたら、まずボディ下端にある小さな緑色の四角いボタンを押して天面のチェックランプが点灯することを確認します。問題なければフィルムを装填し、感度を設定。ASAとDINが併記されていますが、ISO感度に相当するのはASAの数値です。ボディ底面の巻き上げレバーと天面のシャッターボタンを操作してボディ背面のカウンターが1を示したのを確認したら撮影準備は完了。あとは任意の絞り値をセットすれば適正露出のシャッター速度がファインダー内の指針に示されます。逆光時の露出補正もプラス2段まで対応。距離は目測で、ファインダー内のアイコンもしくはレンズに刻印された距離指標でピントを合わせます。
機械式シャッター搭載のモデルにも要注目

ビテッサ 500AE electronicの姉妹機には、機械式シャッターを搭載したモデルもラインナップされていました。ビテッサ 500Lは1/15~1/500秒のプロンター500LKを搭載したエントリーモデルで、セレン光電池による定点合わせの露出計を内蔵した軽快なマニュアル機。ビテッサ 1000SRは、1/15~1/1000秒のプロンター1000LKを搭載し、定点合わせの露出計に加えて二重像合致式の距離計を内蔵し、ファインダー内でピント合わせが可能な本格派モデル。レンズは前出の2機種がトリプレットタイプのフォクトレンダー・カラーランターであるのに対して4枚構成のツァイス・テッサーという通好みのモデルです。
まとめ

映画『スローガン』ではこのカメラのCMがどのようなものになったのかは描かれていないのが残念なところ。現実世界ではツァイス・イコン社がフォクトレンダーを吸収し、本機を含めた40機種以上のカメラで市場の巻き返し作戦を展開するも残念ながら挫折。1971年には一般消費者向けのカメラ事業から撤退してしまうことになります。ビテッサ 500AE electronicは往年の機械式ドイツ製カメラのスタイルから離れて日本製カメラに対抗すべく1960年代の先端技術が実装され、当時の日本製品にはない独特の質感と意匠を持った魅力的なカメラです。このカメラを持って撮影していたら、いい意味でとても目立つのではないかと思います。
■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。











