誠実な二代目。─ シグマ 135mm F1.4 DG | Art レビュー
二代目マスター、参上
どうも既視感があるのだ。そう、わたしが愛をこめて「メガホン」と呼んでいた、あの ART 105mm F1.4 DG HSM である。そのメガホンと同様の特大口径に重量級の重さ。ずしりとした重みを手にしつつ、思わず「あなたも懲りないわねぇ」とつい口に出てしまう。そう、BOKEH MASTER 二代目の誕生である。
懲りないマスターを引き連れていったのはいつもの浜。普段仕事以外で望遠レンズを使用することはほとんどないため、大きなレンズを使うのは少し緊張するものだ。なにより特徴的なのはフィルター径105mmという超特大口径。これは実感として確信しているのだが、瞳(口径)が大きいほど、向けられた側は視線を感じやすい。これだけ眼力が強いとスナップ用のレンズとして外に持ち出すのは難しいかもしれないと思い、まずは浜で手慣らしをするのがいいだろうと思ったのだ。

■撮影環境:絞りF2.7 1/4000秒 ISO100 WB:オート
手始めに軽く数枚。ここで気づく。静物も動きものも、AFがやけに早いのだ。それもそのはずで、135mm F1.4 DG | Art は2つのフォーカス群それぞれをリニアモーターHLA(High-response Linear Actuator)で駆動するデュアルHLAを採用。大口径望遠レンズに求められる高い推力を確保しながら、高速かつ高精度なAFを実現し、動きのあるシーンでも確実に被写体を捉えることが可能になったのである。
思った以上の手応えにほくほくして自宅に戻り、PCで早速確認してみて驚いたのがその線の細さと浮き出るような立体感。レンズを労わりながら「やるじゃないの」とつい懲りないマスターに話しかけたくなってしまうのは、その愛嬌のあるシルエットのためだろうか。この豊満ボディは伊達じゃない。



96.4mmという数字が意味すること

■撮影環境:絞りF1.7 1/2500秒 ISO100 WB:オート
特筆すべきこの立体感には、有効口径の大きさによるものが大きい。そのサイズ(焦点距離÷F値)は135÷1.4=約96.4mm。これは初代マスターの75mmを大きく凌駕し、200mm F2に匹敵する大きさ。有効口径が大きいほど前後のボケがどすん、と落ちるため、ピント面とボケの境界が明確になり、被写体が浮き上がるような立体感をもって迫ってくるのだ。
また、4枚の大型FLDガラスに加え、異常分散性の高いガラスを効果的に配置し、大口径望遠レンズではよくみられる軸上色収差(波長ごとに焦点位置がずれる現象)を徹底的に補正しているため、にじみもなく線の細さを生かした描写が可能である、ということ。これだけ収差補正の精度が視覚体験として感じられるレンズもあまりないのではないか。つくづく、光学的に誠実なレンズであるといえると思う。
浜での撮影を軽く済ませ、描写以外に感じたのがライカSL3-Sに装着した際の重量バランスの良さ。これは案外持ち歩けないこともないのでは?と思い、今度は懲りないマスターを横浜へお連れすることに。
懲りないマスターと横浜へ

■撮影環境:絞りF1.7 1/60秒 ISO1250 WB:オート
マスターといえばコーヒーでしょう、ということで窓辺においたコーヒーカップを撮影。ISO1250まで感度が上がっているものの、光の乏しい条件でも品のある階調が印象的。FLDガラスによる徹底補正が、純粋な白の再現を支えているのか、カップの白といい、外からの薄い光の白といい、なんとも上品なのだ。最短撮影距離は1.1mとやや距離を取るスタンスだが、135mmという望遠レンズが本来持つ圧縮効果と背景整理の力を最大限に引き出すための、むしろ誠実な設計上の選択といえるだろう。

■撮影環境:絞りF2 1/100秒 ISO100 WB:オート
次にホテルの外観を。外が薄暗くなりはじめた時間帯でも、前ボケの樹木がうるさくならず、石壁の窓越しにソファに腰掛ける女性まで、奥行きのある空間をきちんと整理してみせる描写力。手前を歩く女性と石壁との描き分けも自然で、135mmの圧縮効果がそれぞれのトーンを整然と並べている。平面的な印象になりがちな光の条件でも立体感の演出は見事。
光学的な誠実さが、花に宿る

■撮影環境:絞りF1.4 1/250秒 ISO100 WB:オート
5月の山下公園はバラの最盛期。開放F1.4で、サーモンピンクから白へ向かう色のグラデーションがこれほど丁寧に描かれるものだろうか。背景の暗い緑はごくなめらかに溶けて花を静かに浮き上がらせ、花びらの縁に余分な色にじみが見当たらない。光学的な誠実さが、こうしたショットにもいきてくるものなのかもしれない。

■撮影環境:絞りF1.4 1/500秒 ISO100 WB:オート
翌朝は大雨の横浜。防塵防滴仕様のボディに加え、レンズ最前面には撥水防汚コートが施されているため、屋外の厳しい環境下でも安心して撮影できるというのは、こういう日のことを言うのだろう。開放F1.4、雨天の散乱光という条件の中で、蕾に宿る雫の透明感と花びらの質感がぎりぎりのところで共存している。被写界深度は数ミリ単位のため、どこにピントを置くかという判断がそのまま写真の空気になるような例。前後に散らばる蕾や葉のボケは少々主張が強いようにも感じられるものの、それもまた雨の日の混沌とした湿度を纏っているようでもある。
懲りないのは、マスターだけなのか

■撮影環境:絞りF8 1/1250秒 ISO100 WB:オート
横浜では大雨でも、茅ヶ崎の浜へ戻る頃には雲はまだ残るものの眩しい日差しが。低気圧の影響か、いつもより荒れた海もサーファーにとっては絶好のコンディション。F8まで絞ってパンフォーカス気味にしたこの一枚では、波のディテールから海を眺める男性のシルエット、遠景まで画面の隅々に情報が詰まっている。135mmの圧縮が海の奥行きを凝縮し、鳥の群れが入り込んだおかげで空に動きが生まれている。絞った領域でのこのレンズの落ち着いた解像感が、海の雄大さとよく合うようだ。

■撮影環境:絞りF3.5 1/3200秒 ISO100 WB:オート
続いて、地引網用の木材越しに二人の親子を撮影。湿度の充満した空気のなかでも親子のシルエットがにじむことはなく、しっかりと際立っている。波のハイライトが階調豊かに残るのは、スーパーマルチレイヤーコーティングによる逆光耐性の高さゆえだろうか。135mmという焦点距離が、荒波と人間の小ささを静かに対比させている。
豊満ボディの持ち主である135mm F1.4 DG | Artを持ち出すには正直なところ覚悟がいる。それでも、PCで確認するたびにその描写に引き込まれてしまうから、つい連れ出してしまう。線の細さ、浮き出るような立体感、上品な白。光学的な誠実さがそのまま視覚体験になるレンズに、そう何度も出会えるものではない。初代マスターがそうであったように「このレンズだからこそ」撮れる一枚をつい求めてしまうのだ。懲りないのは、わたしも同様なのかもしれない。
■写真家:大門美奈(Mina Daimon)
横浜出身、茅ヶ崎在住。作家活動のほかアパレルブランド等とのコラボレーション、またカメラメーカー・ショップ主催の講座・イベント等の講師、雑誌・WEBマガジンなどへの寄稿を行っている。個展・グループ展多数開催。代表作に「浜」・「新ばし」、同じく写真集に「浜」(赤々舎)など。













