映画の中の、あのカメラ|14 猫が行方不明(1996) ペンタックス6×7
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。唐突ですが、映画の小道具でカメラが出てくるとドキッとしてしまい、俳優さんではなくカメラを凝視してしまったという経験はありませんか? 本連載『映画の中の、あのカメラ』は、タイトルどおり古今東西の映画の中に登場した“気になるカメラ”を毎回1機種取り上げ、掘り下げていくという企画です。
パリの下町を舞台に、迷子の猫を巡って展開するロマンス
今回取り上げる作品は、セドリック・クラピッシュ監督のロマンティック・コメディ映画『猫が行方不明』です。主人公はキャリアの浅いメイクアップ・アーティストのクロエ。彼女は3年ぶりのヴァカンスでパリを脱出しようと愛猫グリグリの面倒をルームメイトに依頼。ところが彼氏に振られたばかりの彼(ゲイなんですね)は情緒不安定で猫の世話なんかできないとクロエの頼みを拒みます。そこで、狭いアパートに何匹も猫を飼っている親切なお婆さんのところにグリグリを預けることになったのですが‥。
クロエが仕事中のシーンに登場するカメラ

主人公が仕事中のシーンでは、優柔不断で気分屋のアートディレクターの指示に振り回されながら広告物と思われるモデル撮影のメイクを担当しています。その現場はホリゾントのあるスタジオとかではなく大屋根から自然光が差し込むような場所で、小編成の撮影部隊がパーテーションで仕切られた各エリアでシューティングをしているという不思議なシチュエーション。そこでクロエたちのチームに参加しているフォトグラファーの手にしているカメラがペンタックス6×7なのです。
世界初の6×7判レンズ交換式一眼レフ

ペンタックス6×7は旭光学工業(現リコーイメージング)が1969年に発売開始した世界初の6×7判レンズ交換式一眼レフです。世界で2番目はおそらくマミヤRB67になると思いますが、そちらはレンズ光軸方向に長い立方体のモジュールに交換レンズを装着する、昭和時代のカメラ専門誌では“マクワウリ型”(要するにハッセルブラッドみたいな)と呼ばれたスタイルなのに対して、ペンタックス6×7は35mm判一眼レフを巨大化したようなスタイルであり、その源流には旧東ドイツ製の6×6判レンズ交換式一眼レフであるプラクチシックスなどが存在します。
35mm判一眼レフと同じような操作系が特長

120もしくは220(現在は絶版)ロールフィルムを使用するにあたり、まずは圧板の位置と巻き上げレバー脇にあるフィルムカウンター切り替え(10 or 21)を設定します。その後底蓋のキーを起こして回して引っ張って左側にロールフィルムを装填し、右側に装填したスプールにロール紙の先端を差し込んだら、巻き上げレバーを操作して巻き付け、シャッターを切って巻き上げてフィルムのスタートマークを出して蓋を閉めれば準備完了。あとは35mm判の一眼レフと同じような操作感覚で撮影することが可能です。
6Vの電池で駆動される電磁制御式のシャッター

6×7判のファインダースクリーンの面積をカバーするための巨大なミラーボックス下部には、小さな引き出しが設置されていて6Vの電池が収納されています。ペンタックス6×7はシャッター幕の時間制御に機械式のケトバシ機構やスローガバナーを用いず、電磁石で後幕を保持しておいて所定の時間になると係止を解き放つ電磁制御式を採用しているので電池がないと動きません。
中判標準レンズの浅いピントを使いこなす

最近のペンタックス6×7人気を支えているのは、タクマー105mm F2.4によるところが大きい気がします。ペンタックス6×7用の交換レンズの中で最も明るく、35mm判のスーパータクマー標準レンズをそのまま巨大化したような変形ダブルガウス型5群6枚のレンズ構成です。シャープな写りをしますがカリカリした印象はなく、中判フィルムの面積の大きさから導き出される豊かなトーンの表現に加え、絞り開放では大きなボケになるのも魅力のひとつです。
工芸チックなハンドグリップの実用性は?

ペンタックス6×7のアクセサリーにはTTLおよびウエストレベルファインダーや潜水用ハウジング、レンズ外周に取り付けるフォーカシングハンドルなど多彩なアイテムが用意されていましたが、最も印象に残る1品といえばウッドグリップではないかと思います。手工芸品を思わせるなだらかな削り込みがされた木製のグリップは重たいカメラを保持するのに役立ちます。このグリップを使うときは左手で保持するのでレンズのピントリングは回せません。ピントは大丈夫?と思うのですが、映画の中のカメラマンは105mm標準レンズとウッドグリップの組み合わせでピントなんかお構いなしでバシバシと撮影を続けていて、その無軌道ぶりにはハラハラさせられます。
35mm判と比べると分かるサイズ感と先進性

ペンタックス6×7の発売前年の1968年に上市されたペンタックスSLとのツーショット。実際に手にしてみるとペンタックス6×7は見た目の差よりもはるかに大きく、重く、音もうるさいのが実感できます。このことから、“バケペン”(化け物ペンタックスの意)と呼ばれることもある本機ですが、35mm判の一眼レフと同じ所作で中判フィルムを撮影できるのは大きな魅力です。また、1969年の時点でペンタックスの35mm判一眼レフは機械式シャッターでしたが本機は電子制御式のシャッターを搭載しており、その先進的な設計思想には感心させられます。
まとめ

ペンタックス6×7は、主にフィールド撮影やロケ撮影など機動力を必要とされる仕事用カメラとしての支持を得て、30年近く販売され続けました。ペンタプリズムは社名変更に伴ってASAHI刻印を廃してPENTAXの太ロゴに変更されましたが、中身に大きな変化はなく好みで選べば良いかと思います。かつて業務用カメラとして酷使された機体も多いので120フィルムで10コマ撮れない、最高速でシャッター幕が開かないなどのトラブルの有無を確かめてから購入されることをお勧めします。また、本機は特殊な純正金具を使うとストラップが装着できますが、嬉しくなって肩ではなく首からぶら下げていると間違いなく頸椎に負担がかかりますのでご用心ください。
■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。















