GRを自分好みに育てていこう!|ユーザー登録を使いこなす

内田ユキオ
GRを自分好みに育てていこう!|ユーザー登録を使いこなす

はじめに

GRが美味しくなる魔法のレシピ!
みたいなことを書こうと思っていますが、その前に少しだけ難しい話に付き合ってください。これからの写真ライフにすごく役立つことを約束します。

見えないものを見えやすくする

80年代に活躍したフランスの批評家ロラン・バルトは、写真のような作品を三つに切り分けました。魚を皮と身と骨に分けることで、種類によってどんな違いがあって、どこが食べられて、どんな調理がいいか、わかりやすくなりますよね。外観を眺めているだけだとわかりにくいことは多いです。

まず土台になる「ラング」は、みんなで共有できる価値観。バルトはインターネットの時代まで生きられませんでしたが、SNSのフォーマットや、こういった写真がカッコいいといった流行や環境も含めてよいでしょう。

次にそこで発表される作品を二つに分けました。先にある「スタイル」は、長い年月や経験によって形成されたもの。写真だったらセンスやその人の好み、服に置き換えると体型などもそうですね。

その上に「エクリチュール」があります。ハードなモノクロだとか、カラーネガっぽいとか、ローキーとか、そういったものはみんなここ。これらをスタイルだと考える人は多いですし、ピクチャースタイルという言葉もあります。◯◯さんらしいスタイルですね、と呼ばれるものはここに含まれるのが常識。でもそれだと曖昧になるところを、バサっと二つに切り分けたところが画期的。

エクリチュールなんて交換可能で、けれどもそれはやがてスタイルに影響を与えていくんだと。逆の考えをすれば、ちょっと借りて真似できるものはスタイルじゃないってことです。ハイキーばかりで撮っていると、そのうち被写体や言葉遣いまでそれっぽくなっていきますよね。でもずっと好きで撮っている人と何かが違う。

写真を見るときも、エクリチュールの奥にあるスタイルを見ることが大切というわけ。

バルトの凄さは、この言い方を定着させたい気持ちがないところ。バズらせようと狙ったわけではありません。みんなが常識だと思っているせいで見えづらくなっていることを、新しい考えを試すことでクリアにしたい。本職は言語学者ですから包丁の代わりに言葉を使います。

ユーザー登録を使いこなそう

GR IIIとGR IIIxを二台持ちする場合だと、メインユーザーが2人とユーザー登録が6人なので、合わせて8人で旅をしている感覚。ダイヤル割り当てしないで設定だけ登録しておける枠がさらに3人分ずつある。

ここから本題。今回はGRのユーザー設定を使いこなす提案ですから、二台で6つのエクリチュールを持ち歩くと考えるといいです。いくらでも交換可能で、けれども使っているうちに作品そのものや、やがてはその人らしさに影響を与えていきます。

ぼくはドラクエのようなRPGで仲間を引き連れて歩き、得意な能力でチャンスに立ち向かうイメージで使っています。「ジョジョの奇妙な冒険」におけるスタンドや、旅行先に持っていく着替えなど、自分の好きなものに置き換えて考えてください。交換すると印象が全く変わり、自分自身の気持ちまで変えてしまうほど力があるものです。

これだけ設定を追い込んでしまうと二台を全く同じ感覚では使えないため、バッグやポケットに入れてあるGRを手探りで区別したい。GR IIIxにだけストラップを、GR IIIに外付けファインダーを載せてある。

これまでの記事でも書いたように、GRの長所は最初の一枚までの速さに集約されています。キャップがいらない格納されたレンズ、起動のシンプルさ、焦って持ってもホールディングが安定するデザイン、シンプルな操作系・・・。

それだったらまずは究極的に早く撮れる設定を作っておくと便利ですよね。

GR IIIとGR IIIxを二台持ちする人は、どちらがプライマル(優先的)で、どちらがセカンダリー(サブ機)になるか考えてみてください。「40mmのほうが離れて撮れるから先でしょ」「いやいや28mmのほうがラフに撮れるから先だ」、それぞれ考えがあります。ぼくは28mmのほうが早く使えますが、40mmのほうに「最も早く気軽に撮れる設定」を入れてあります。

そのため今回はGR IIIxから解説していきます。GR IIIがプライマルだという人は、設定の意図を参考に置き換えてください。

 

U1:Minimalist
~迷う間もない最初の一枚をもっと速く

これが撮れるから「Minimalist」と名付けた。がっつり構図を組み立て何枚もシャッターを切るのではなく、メモするように気軽に撮るのが楽しい。
背後から「勝負だ、ドーン!」という声と駆け足が聞こえ、急いでバッグからカメラを取り出して、この瞬間に間に合う。

これならスマホでいいかな、と思って撮ったものが、後になって見直すときいちばん楽しいって悔しいですよね。もっと高画質だったら細かいところまで見えて、質感まで伝わってくるのに。じゃんじゃん気軽に撮ってこそのGRじゃないかと思います。

そんなメモ感覚の使い方に合わせてクロスプロセスを。イメージコントロールのなかで、露出や光源の影響を受けづらく、コントラストが高いため小さくなっても印象が強いトーンだから。逆に言えば繊細なコントロールに向きません。

撮影場所も被写体もまちまちなのに、並べてみた時にまとまって見えるのは、クロスプロセスとスクエアフォーマットの強さのおかげ。

プログラムAE、WBは日中光、ISO感度が最大6400のオート、AFはピンポイント、もしピントが抜けても奥に合うようフルプレススナップを3.5mに。SNSにも使いやすいよう(縦横で迷うこともない)1:1のスクエアにして、50mmにクロップ。一歩踏み込む必要もなくなります。シャープネスかクラリティを使ってサイズが小さくなってもぼやけないようにしたいのですが、効果は限定的に思えます。

洗練されていて、ずらっと並べたときに美しく見える印象から「Minimalist」と名付けてあります。名前をつけると忘れにくくなるので、被写体の名前でもいいですが、こんなふうに使いたい、こんな写真が撮りたい、という願いを込めるのがおすすめです。

 

U2:Down By Law
~自分らしさを大切にした作品のために

これだけの逆光でも、カーテンと壁の質感が失われていない。もしこちらを向いて人物が立っていたとして、表情は読み取れるはず。空気の感じまで伝わってくるのはソフトモノクロの魅力。

U2というと熱唱型のボーカルとディレイの強いギター、ヒリヒリするような硬いモノクロを想像してしまうのは、長くロックを聴き続けてきたからでしょうね。

でもまあモノクロはカラー以上に自分らしいトーンがあると便利なので、ここに入れておくのはおすすめです。

GRは伝統的にハイコントラストなモノクロに人気がありますが、40mmのほうならソフトモノクロをぜひ。28mmのようにワイドだと、被写体の幅があって光源が入ることもあり輝度差が高いため、コントラストが高いほうがカッコよくしやすいですけれど、40mmならそれに縛られることもありません。モノクロに限らずトーンは柔らかくするほうが硬くするより面倒で、使っている人も少ないから個性も出ます。

影を見るとわかるように、快晴で昼に近い時間。それでも硬くなりすぎることなく、砂のディテールが美しい。ハードモノクロだとここをコントロールするのは難しい。オートで撮ってこの露出になるのもポイント。

40mmだとボケも出ますがソフトモノクロだとメリットが少ないため、プログラムAEにして被写界深度優先にします。ノイズが気にならないからISO3200に設定しておくと安心。露出はコントロールしたいのでスポット測光、ただでさえ軟らかいシャドウをさらにマイナスにして、広がったところを使うため-2/3に。フレーミングのとき、一箇所だけ光っているもの(窓とか反射とか)を入れるとかっこいいです。

ジム・ジャームッシュという映画監督の名作「Down by law」から名付けました。

 

U3:Refn
~寂しい夜と、淡い夢のような日常を

もともと映画からインスピレーションをもらって作った設定だから、こういうシーンにはよく合う。まだネガフィルム調がなかったとき、ニューカラーのような写真もこれで撮っていた。

夜景というか夜の街を撮るのが好きで、以前はサイバーパンクふうの設定を作り込んでいましたが、飽きるのが早かったです。そこで新しい設定を作ることにして、選んだのはレトロ。ポジフィルム調のほうが露出補正やホワイトバランスの変化に自然に対応できるのですが、そちらはユーザー設定を使うまでもなく常用しています。

レトロの彩度を引き上げ、シャドウを引き締めて街の灯りとコントラストが付きやすくしています。夜はホワイトバランスを下げたほうがクールになるため、自分がよく撮る街に合わせて設定するのがおすすめで、ぼくは3700Kあたりが好きです。WBシフトや色相で色合いを作るのもいいですが、シーンタフネスが犠牲になるかもしれません。

夜に合わせて作ったけれど、昼に使うと少し前のファッション写真っぽい雰囲気があって、これも悪くない。ぼくの印象としては「白昼夢」で、現実なのにどこか淡い夢を見ているよう。

ニコラス・レフンが撮る映画の夜景が好きなため「Refn」と名付けてあります。

余談ですが、ハリウッドを志す若者たちにカラーグレーディングを教えるとき、レフンの代表作「ドライブ」を使うことが多いらしいので、自分らしいトーン、流行のトーンについて興味があったらぜひ見てみてください。ティール&オレンジの色合い、冒頭の夜のシーン、エレベーターの中でのライティング、いずれも10年くらい経った今でも感動するレベルです。

ブルー寄りの色調と希薄なディテールは、都市風景とよく合う。レトロが持っている強い個性を弱めているため、海の写真と見比べるとローキーからハイキー、自然から人工物まで、かなり応用範囲が広いことがわかると思う。

完結編のはずが次回に続く

今回でGRを育てようシリーズ完結を目指していたのに長くなってしまいました。ロラン・バルトのこと書いたの余計だったかもと思うのですが、流行をみんなで追いかける風潮のなかで、自分らしさを見失ったときや、人の写真を見ていてもっと深く読めるようになりたいと思ったとき、かならず役立つはずです。

とくにGRはイメージコントロールが充実しています。気軽にそれらを変えて、それでも簡単に変わらない「自分の本当のこだわり」を見つけるために参考になれば。

次回こそ完結編、GR IIIのカスタムです。

 

 

■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist

 

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