映画の中の、あのカメラ|17 ジェーンとシャルロット(2023) オリンパス ペンEES
はじめに
皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。唐突ですが、映画の小道具でカメラが出てくるとドキッとしてしまい、俳優さんではなくカメラを凝視してしまったという経験はありませんか? 本連載『映画の中の、あのカメラ』は、タイトルどおり古今東西の映画の中に登場した“気になるカメラ”を毎回1機種取り上げ、掘り下げていくという企画です。
母と娘の関係を見つめていく物語
今回取り上げるのは、シャルロット・ゲンズブールが初監督した映画『ジェーンとシャルロット』です。セルジュ・ゲンズブールというスノッブでアバンギャルドなフレンチポップの伝説的存在のパートナであるジェーン・バーキンとその娘シャルロット。あまりにも有名なシネマ&ファッションアイコンである2人は、お互いをどのように感じていたのでしょうか? 内向的な性格であったが故にこれまで踏み込むことのできなかった母と娘の真実の姿を綴るべく、娘であるシャルロットは母であるジェーンにカメラを向けることを決意します。特に計画なく撮影が進められるなか、やがて2人の間にカメラを介して優しい時間が流れ始めていく貴重なドキュメンタリーフィルムです。
内気でささやくような声を持つカメラ

映画の中でシャルロットは数多くの種類のカメラをジェーンに向けています。母と娘の関係性を示唆するように最初は東京のスタジオでニコンの35ミリ一眼レフ(FMもしくはFE系)に中望遠のレンズを装着して遠慮がちな間合いで撮影を始め、お互いの心の壁を強引に突破するかのようにハッセルブラッド500CMにエクステンションチューブを装着して母の手のクローズアップを撮るシャルロット。母であるジェーンとの心の距離感はニューヨークでポラロイドSX-70を向ける頃にはバランスのとれたものとなり、わだかまりの霧の中を抜けたあとで行われた故郷でのフォトセッションで中心的な役割を果たすカメラ、それがオリンパス ペンEESなのです。
世界初のプログラムEEシャッター搭載機

オリンパス ペンEESは、1962年に発売開始されたハーフ判のフィルムカメラです。シャッター速度は1/30秒と1/250秒の2速を搭載。明るさに応じて自動的に切り替えることで、EEシャッター搭載で1/60秒固定シャッターのペンEEと比較して適正露出の範囲を拡張したモデルです。機械式のリーフシャッターの作動音は小さくささやくような心地よさがあり、映画の中でリラックスした態度でペンEESを操作し撮影を続けるシャルロットに『それ、好きだわ』 『カシャって、あなたらしい』とジェーンは声をかけながらフォトセッションが進み、娘と母の距離感がシンクロしていくシーンが感動的です。
ハーフ判のデフォルトは縦長の画面です

こちらがペンEESを後ろから見た様子です。フレーミングは小さな縦長の小窓を覗き込むとアルバダ式でおおまかな撮影フレームが黄色く光って見えるファインダーで行います。特に撮影情報はファインダー内に示されることはなく、露出アンダーになってしまう場合にだけ、赤いベロが視界の下からヌゥ〜と現れてレリーズしてもシャッターがロックされる仕組みです。そうなったらフラッシュを焚いてくださいということですね。映画の中ではアベイラブルライトの柔らかい自然光に満たされた室内で撮影が進み、横長の画面でのシークエンスを意図したシャルロットはペンEESを水平ではなく90度回転させた構えで撮っています。このシーンがあるおかげでカメラの天面が画面に映り、ホットシューのない初期型のEEモデルであることが判明したという次第です。
一体化した裏蓋と底蓋がパカっと外れる

ペンEESにフィルムを装填するにあたり、まずカメラの底蓋にあるロックキーを起こして回転させ、そのまま下に引き抜くように滑らせると裏蓋と底蓋が一体化したパーツがパカっと外れます。これは戦前のレンジファインダー機であるコンタックスや戦後まもない時期の高級コンパクトカメラであるコンテッサなどが採用していた様式で、設計者のこだわりが感じられる部分です。ペンEEのシリーズでは後継機種になると普通の蝶番式で裏蓋だけが開閉できるスタイルへと変更されていきます。
72枚以上が刻まれたフィルムカウンター

ペンEESは17×24ミリの面積に露光するハーフ判カメラです。いわゆるライカ判(フルサイズ)36×24ミリの横幅を半分にしているので、2倍のコマ数が撮影できます。というわけでフィルムカウンターには72コマ以上がカウントできるように数字が刻まれていて、36枚撮りのフィルムを装填すると、『まだフィルム終わっていなかったっけ?』と思えるほどのショットが撮影できます。ペンシリーズを設計したオリンパスの米谷美久さんの卓越したアイデアで、フィルム巻き上げとフィルムカウンターを作動させる部品構成は極めてシンプル。親指でフィルム巻き上げディスクを操作すると伝わってくるラチェットギアの感触も、よく整備された機体ではとても心地よいものです。
ペンEESに付けられたSという文字の理由

そもそもペンEEシリーズとは、先行販売されて空前のヒット作となったオリンパスペンの需要をさらに拡大することを目的として、誰でもシャッターボタンを押すだけで写真が撮れるカメラを目指したものでした。セレン光電池を用いたEE(エレクトリック・アイ)機構と固定焦点のレンズで写真撮影の技術を知らない層にアピールしていたのですが、撮影経験が豊富な米谷さんにとっては、固定焦点では物足りない部分があったのだと思います。そこでEESではペンEEからグレードアップして開放F2.8となったズイコーレンズの被写界深度の浅さを口実として、ピントを任意の位置に動かせる仕様にしています。映画の中でもシャルロットはレンズ先端を操作する仕草を見せていて、ジェーンとの距離感をしっかり把握しながら撮影しているのが印象的でした。
EEのペンとフルマニュアルのペン

ハーフサイズカメラで昭和時代に大衆カメラの代表格となったオリンパスのペンはマニュアル操作のオリジナルシリーズとEE機構を搭載した2つの製品ラインナップを用意していました。絞りとシャッタースピードそして距離までも撮影者のスキルを反映させながらコントロールしていくのであればオリジナルのペンシリーズの系譜を、それほどフィルムカメラでの撮影練度がなくても手軽に素早く撮りたいのであればEEシリーズを選択するのが良いと思います。オリジナルにせよEEシリーズにせよ、初期のモデルはグレーの人造皮革とクロームメッキされたトップカバーの放つ雰囲気がレトロな感じで持ち歩くのが楽しいカメラです。
まとめ

映画の中で、シャルロットがペンEESで撮影したフィルムのコンタクト(ベタ焼き)とプリントがカットインしてくるシーンがあるのですが、フィルムの粒状感と柔らかい自然光が相まった素晴らしい写真でした。ペンEESは前述のとおり固定焦点が基本仕様のEEシリーズの中では特異な存在で、露出はカメラまかせにできる手軽さを保ちつつも目測によるピント合わせが可能。ですから的確な距離感で被写体の一瞬の表情や構図を捉えるスナップショットにも好適な機種です。この映画の最後には、エクシテンションチューブなど装着していない黒いハッセルブラッドを堂々と肩から下げて撮影するシャルロットを見ることができます。これはペンEESによるフォトセッションによって、被写体であり母であるジェーンとの心地よい距離感を得ることができたからなのではないかと思います。
■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。











