風景写真をビフォー・アフターで学ぶ|その9:初秋編

萩原れいこ
風景写真をビフォー・アフターで学ぶ|その9:初秋編

はじめに

「風景写真をビフォー・アフターで学ぶ」シリーズの第9弾となります。このシリーズでは、完成された写真だけでなく、完成に至るまでの写真もご紹介しながら、どのようなプロセスで作品を追い込んでいくのか、その思考回路をご紹介いたします。今回は「初秋編」をお届けしたいと思います。

ヒガンバナも終盤となり、いよいよ秋の到来が待ち遠しい季節となりました。地域によって紅葉のピークは異なりますが、そこかしこに秋の気配が感じられます。本格的な紅葉撮影の前に、初秋ならではの魅力的な秋の風景を楽しみましょう。

初秋の魅力について

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」
古今和歌集に掲載される藤原敏行の歌で「秋が来たと目にははっきりと見えないけれど、風の音で秋の訪れにはっと気がついた」のように訳されています。立秋を詠んだ歌ですが、夏から秋へと季節が移ろう繊細な感覚が、今の季節の情景にも通じるものがあります。はっきりと目には見えないけれど、ささやかな気配に秋を見出す感性は、四季を敏感に感じとって味わう日本人ならではの美学ではないでしょうか。

視覚だけでなく、嗅覚、味覚、聴覚、触覚といった五感を使って、身の回りの繊細な秋の気配を楽しんでみましょう。日々の暮らしのなかで季節の移ろいを感じ、繊細な感性を育むことが写真表現にも生かされることと思います。

カエデの葉が一枚だけ紅葉していたので、主役に見立てて撮影。クラシックネガの色合いで、もの寂しげに演出した。
■撮影機材:富士フイルム X-S10 + XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS
■撮影環境:焦点距離48.4mm 絞り優先AE(F4、1/15秒、-0.7EV) ISO800 晴れ

初秋の撮影の狙い

身近な公園ならば、緑陰に隠れた一足早い紅葉を探すのも楽しいでしょう。ハナミズキやドウダンツツジ、ヤマウルシなどは比較的早く紅葉を始め、青々とした森のなかではっと目を惹きます。一枚の葉を観察すると、緑から赤へのグラデーションも美しく、クローズアップして撮影しても魅力的です。キノコも現れやすい季節ですので、形や色の良いものを探し、主役に見立てて撮影しても良いでしょう。

遠征して初秋の風景を撮影するなら、湿原や草原の草紅葉がおすすめです。ヌマガヤやススキが朝夕の光に輝いて、まるで黄金色の絨毯のような光景が広がります。イヌタデやチングルマなどは赤色に染まり、目に鮮やかな草紅葉を楽しめます。

身近な公園から雄大な自然まで、さまざまな初秋の表現方法をご紹介したいと思います。

ビフォー・アフター

ここからは、初秋の風景を撮影する5つのヒントをご紹介いたします。完成後の作品だけでなく、完成に至るまで試行錯誤した過程の写真と比較することで、どのような変化があるのかご覧いただきたいと思います。

小さな秋で物語を描く

ビフォー
キノコの傘のひだと足元のコケが目立つよう、低い位置にカメラを構えて撮影した。
■撮影機材:富士フイルム X-H2 + XF80mmF2.8 R LM OIS WR Macro
■撮影環境:焦点距離80mm 絞り優先AE(F2.8、1/60秒) ISO200 晴れ

小さなキノコを見つけて、80mmのマクロレンズで撮影しました。足元にある被写体は目の高さから俯瞰して撮りがちですが、そのアングルだと背景がボケにくく、キノコの可愛らしい表情も狙いにくいものです。こちらは少しカメラの高さを下げて撮りましたが、寄りすぎてキノコが大きく配置され、迫力が出てしまいました。「キノコの家族が森のなかで寄り添って暮らしている」イメージに仕上げたいと思い、もう少し離れて撮影することにしました。

アフター
開放絞り値F2.8から段階的に絞っていき、ベストな玉ボケの大きさと形を探った。
■撮影機材:富士フイルム X-H2 + XF80mmF2.8 R LM OIS WR Macro
■撮影環境:焦点距離80mm 絞り優先AE(F5.6、1/125秒) ISO800 晴れ

少し離れて撮影することで、キノコが画面のなかに小さく配置され、健気さを演出できました。また、さらに下から見上げて撮影することで、背景の森の木漏れ日を玉ボケにし、可愛らしさを強調しています。切り株の上に生えていたキノコでしたが、キノコが寄り添う背後の木片全体を捉えることで、まるで家のように見立てています。

前ボケで秋の気配を添える

ビフォー
PLフィルターを最大に効かせて撮影。露出を暗めにすることで、白い花を浮き立たせた。
■撮影機材:富士フイルム X-H2 + XF70-300mmF4-5.6 R LM OIS WR
■撮影環境:焦点距離214.4mm 絞り優先AE(F8、1/140秒、-1EV) ISO400 晴れ

スイレンの葉が紅葉を始めた頃、残っている花を主役に撮影しました。PLフィルターで水面と葉の反射を抑え、漆黒の背景にスイレンが浮かび上がるように仕上げています。少し紅葉が始まっているものの、秋の要素が少なく、季節感が伝わりにくくなっています。そこで、赤い前ボケを添えて、秋の気配を強調してみようと考えました。

アフター
花との距離は約3m、前ボケとの距離は約5cmほどだ。岸辺の葉の隙間から手持ちで撮影した。
■撮影機材:富士フイルム X-H2 + XF70-300mmF4-5.6 R LM OIS WR
■撮影環境:焦点距離178mm 絞り優先AE(F5、1/240秒、-1EV) ISO400 晴れ

岸辺にあったツツジの葉が紅葉していたので、前ボケにして画面に添えることに。鮮烈な赤色が秋らしさを演出してくれました。左側には緑色のササの葉があり、両方画面に入れることで、夏から秋へ移ろう季節を表現しています。前ボケや映り込みといった虚像でも、赤やオレンジといった暖色は、秋らしさを感じさせることができます。季節感を強調するエッセンスとして、活かすことが可能です。

草紅葉を透過光で輝かせる

ビフォー
青空との対比が爽やかだが、草紅葉の色がくすみがちで、すっきりとしない印象になっている。
■撮影機材:富士フイルム X-H2 + XF16-55mmF2.8 R LM WR
■撮影環境:焦点距離28.3mm 絞り優先AE(F11、1/240秒、+1EV) ISO800 晴れ

標高の高い草原や湿原に行くと、9月下旬から草紅葉を見ることができます。クロマメノキやイタドリといった植物が紅葉しており、まだ太陽が高い時間に順光方向で撮影しました。順光方向は色を忠実に再現することができますが、紅葉の色づきが鮮やかでない場合、くすんだ色合いもそのまま表現してしまいます。そこで、夕暮れの時間帯を狙って、再び訪れることにしました。

アフター
イタドリやヤナギラン、ナナカマドが鮮やかに輝いてくれた。ハーフNDフィルターで輝度差を調整するのもポイントだ。
■撮影機材:富士フイルム X-H2 + XF16-55mmF2.8 R LM WR
■撮影環境:焦点距離24.2mm 絞り優先AE(F11、0.5秒、-1.3EV) ISO800 晴れ

この日は晴天だったため、強い光が大地に降り注いでいました。夕暮れ時に逆光方向で草紅葉を狙うことで、オレンジ色の光が葉を透過して、いっそう鮮やかに彩りを演出してくれました。撮影する時間帯や光の向きを工夫することで、色づきが良くない紅葉も、生き生きと美しく描くことができます。夕日だけでなく朝の光もおすすめで、朝露が降りてしっとりとした草紅葉を狙うことが可能です。

強風でぶらして絵画的に

ビフォー
日中の晴天時に撮影するとコントラストがきつい印象になるが、曇天の光で陰影を抑えて柔らかく描けた。
■撮影機材:富士フイルム X-H2 + XC50-230mmF4.5-6.7 OIS II
■撮影環境:焦点距離71mm 絞り優先AE(F16、1/20秒、+0.3EV) ISO800 晴れ

太陽が高い日中に草紅葉を撮影するなら、曇天時もおすすめです。柔らかい拡散光が草紅葉の優しい色合いをしっとりと描いてくれますが、その際は背景に木々を入れることで縦の方向性が加わり、画面に立体感を演出できます。こちらは湿原に広がるシダの紅葉とススキを撮影しましたが、背景が抜けていないため奥行きを感じにくく、少々インパクトに欠けた写真になりました。この日は時折強い風が吹き込んでいたため、その風を利用してみようと考えました。

アフター
1秒前後でシャッター速度を速めたり、遅くしたりして、程よくぶれるシャッター速度を試行錯誤した。
■撮影機材:富士フイルム X-H2 + XC50-230mmF4.5-6.7 OIS II
■撮影環境:焦点距離63.2mm 絞り優先AE(F22、0.8秒、+0.3EV) ISO64 晴れ

絞り込んでISO感度を低くし、シャッター速度を遅くして撮影してみました。そうすると草紅葉が大胆に揺れて、まるで絵筆のタッチのように描かれました。草紅葉をぶらすため、風にも動じない木の幹が多く入る場所を探し、なおかつ草紅葉の色の層が面白い部分を切り取ることに。風が吹くタイミングを見計らい、何度もシャッターを切ることで、自分好みに程よくぶれた一枚を得ることができました。

色調整で秋色を強調する

ビフォー
手前の枯れた花が夏の終りを告げ、紅葉を始めたトチの木に季節をバトンタッチしているように感じた。
■撮影機材:富士フイルム X-H2 + XF50-140mmF2.8 R LM OIS WR
■撮影環境:焦点距離98.2mm 絞り優先AE(F22、0.5秒) ISO800 晴れ PROVIA

9月下旬に高原へ撮影に行くと、トチの葉は少しだけ色づき、夏の花が枯れて初秋の雰囲気が漂っていました。この繊細な秋の始まりを描きたいと思い、花を主役に、高原の風景を脇役にして撮影しました。現場で感じた秋の空気は濃厚ですが、写真に撮ってみると緑色が強く感じ、初秋の気配をうまく伝えきれていません。そこで、少し黄色を足すことで、秋らしさを強調したいと考えました。

アフター
少し黄色を強調しているが、現場で感じた初秋の穏やかな空気感を演出することができた。
■撮影機材:富士フイルム X-H2 + XF50-140mmF2.8 R LM OIS WR
■撮影環境:焦点距離98.2mm 絞り優先AE(F22、0.5秒) ISO800 晴れ NOSTALGIC Neg.

最初はフィルムシミュレーションを「PROVIA(スタンダード)」で撮影していましたが、アンバーがかった暖色系でコントラストをやや抑えた「NOSTALGIC Neg.」に変更してみました。そうすると、ほのかな初秋の色合いが引き立ち、優しい秋の風景に仕上げることができました。初秋の風景を撮影するときは、私は積極的に「NOSTALGIC Neg.」を使っています。フィルムシミュレーションを変更するほかにも、ホワイトバランスを「晴れ(太陽光)」から「日陰(曇天もしくは日陰)」に変更することで、暖色系の色合いを強めることができます。

まとめ

初秋の彩りはささやかで、写真で表現することは少し難しく感じるかもしれません。しかし、カメラ位置、光や色を工夫することで魅力的に描くことができ、オリジナルな作品を生み出しやすいのもこの時期です。「目にはさやかに見えない」初秋の空気感を五感で楽しみながら、ぜひ自分だけの秋を見つけてみてください。きっと素敵な小さな秋が待っていることでしょう。

 

■写真家:萩原れいこ
沖縄県出身。学生時代にカメラ片手に海外を放浪した後、日本の風景写真に魅了される。
隔月刊「風景写真」の若手風景写真家育成プロジェクトにより、志賀高原での写真修行を経て独立。現在は群馬県嬬恋村に拠点をおき、上信越高原国立公園をメインフィールドとしながら、自然風景やさまざまな命の営みを見つめている。
個展「Heart of Nature」、「羽衣~Hagoromo~」、「地獄」等を開催。著書は写真集「Heart of Nature」(風景写真出版)、「現代風景写真表現」(玄光社)、「風景写真まるわかり教室」(玄光社)等。日本風景写真家協会会員、石の湯ロッジ写真教室講師、House of Photography in Metaverse講師、嬬恋村キャベツ大使(観光大使)。

 

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