マクロレンズで撮るバラの基本とテクニック|斎藤裕史
はじめに
バラには驚くほど多くの種類があり、バラ園を訪れると実にさまざまな姿・色・形の花が咲き誇っています。まずは一つひとつの品種を注意深く観察してみましょう。開花のタイミングやその日の天候など、さまざまな条件が重なって初めて「撮りたい」と思える一輪に出会えるものです。私の経験上、広大なバラ園の中でも「被写体」と呼べるほど美しいバラは、そう簡単には見つかりません。
ある年、偶然出会った「完璧」なバラ。形、色、光、すべてが揃ったその花は、まさに直球勝負で切り撮るだけで画になる存在でした。毎年のようにバラを撮影している私でさえ、こうした「美人」に巡り会えたことは何度あったでしょうか。今年もまた、どんな一輪に出会えるのか──そんな期待を胸に、撮影のイメージを膨らませています。
基礎的な見方を押さえる

■撮影環境:F3.5(+1.5EV・1/350秒)・ISO200・太陽光
淡いピンクの花びらが幾重にも重なり、やわらかな光を受けて静かに広がっています。外側の花びらはふんわりと開き、中心へ向かうにつれて密度が増していく──この外へ広がり、内へ凝縮する構造こそが、バラの造形美の基本です。
淡色の花びらは光をやさしく透かし、陰影の境界がにじむように溶け合います。そのため、花びら一枚一枚の質感や厚みが自然に浮かび上がり、バラ本来の柔らかさがもっとも素直に伝わってきます。
まずはこのように、バラが持つ形・光・色の“スタンダードな美しさ”を丁寧に観察することが大切です。こうした基礎的な見方を押さえておくと、マクロでぐっと寄ったときに見えてくる抽象的な世界が、より深く理解できるようになります。
マクロレンズは淡色と相性が良い

■撮影環境:F3.5(+1.5EV・1/750秒)・ISO200・太陽光

■撮影環境:F3.5(+2EV・1/500秒)・ISO200・太陽光
一般的には「赤いバラ」の印象が強いかもしれませんが、マクロレンズで向き合うと、淡い色合いのバラほど花びらの重なりや質感が繊細に浮かび上がり、その相性の良さを強く感じます。光をやわらかく受け止める淡色の花びらは、マクロならではの世界観を引き出してくれる存在です。
今回出会ったバラは、花びらが幾重にも重なり合い、まるで抽象的な造形物のように見えるものでした。言われなければ「バラ」と気づかないほど、花そのものが独自の世界をつくり出しています。私はマクロレンズで花を撮るとき、その花が持つラインの美しさや造形の魅力を表現したいと常に思っていますので、こうした個性的なバラに出会うと嬉しくて、つい夢中になってしまいます。
画面にバラ全体の輪郭を入れず、花びらのラインだけを切り取ることで、見る人に「画面の外へ続く形」を想像させることができます。花の一部をあえて抽象的に見せることで、バラという存在を超えた、より自由で奥行きのある世界が広がり、写真に新たな表情が生まれます。
どこにピントを置くか

■撮影環境:F3.5(+1.5EV・1/90秒)・ISO200・太陽光
花の造形をどう捉えるかが決まったら、次に大切になるのが「どこにピントを置くか」です。
マクロレンズでバラにぐっと近づいて撮るとき、なんとなくピントを合わせてしまっていませんか。被写界深度が極端に浅いマクロレンズでは、ピント位置が写真の印象を大きく左右します。
「花はシベにピントを合わせる」という言葉を耳にすることがあります。もちろん間違いではありませんが、すべての花に当てはまるわけではありません。特に、シベが見えないバラの場合、つい「中心部」にピントを置きがちです(写真・小)。
しかし、バラの「巻き」は中心に向かうほど花びら同士が密集し、画面が煩雑になりやすいもの。そこで、中心から一段外側の花びらにピントを合わせてみると、中心部はやわらかくボケて煩雑さが抑えられ、画面がすっきりと整います(写真・大)。
マクロ撮影では、マニュアルフォーカスで「どこに合わせるべきか」を意識してピント位置を決めることが、作品の完成度を大きく高めてくれます。
光の質を意識する

■撮影環境:F3.5(+2EV・1/250秒)・ISO200・AWB
ピント位置が決まったら、次に意識したいのが「光の質」です。
好天こそ写真日和──そう思う方は多いでしょう。しかしマクロ撮影では、直射日光が当たるとコントラストが強くなり、花びらの繊細な質感が失われてしまいます。硬い質感の被写体には硬い光、やわらかい質感の被写体にはやわらかい光が合う、というのが基本です。
そのため私は、花のマクロ撮影では曇天や日陰の花を選ぶか、直射日光を遮って撮影するようにしています。 実際に、直射日光のまま撮った作例では、花びらの陰影が強く出てしまい、色も硬く見えます(写真・小)。
一方、光を遮ってやわらかい光に整えると、花びらの階調がなめらかに出て、バラ本来の質感が引き立ちます(写真・大)。
同じ花でも、光のありなしだけで印象が大きく変わることがよくわかります。 初心者の方からは「光が当たっていないと暗く写りませんか」とよく聞かれます。ですが、写真の明るさは露出補正でコントロールするものなので、光が当たっているかどうかは問題ではありません。ただし光量が少ない分、シャッター速度は遅くなります。揺れが止まり、花が微動だにしない一瞬を待ってシャッターを切ります。
前ボケは名脇役

■撮影環境:F2.8(+1.5EV・1/250秒)・ISO200・太陽光
光が整ったら、次に意識したいのが「前ボケ」を使って画面に奥行きを与えることです。 ただ撮るだけでなく、写真に“空気感”や“立体感”を宿すために欠かせないのが前ボケです。前ボケは、平面的になりがちな写真に奥行きを与えるだけでなく、主役をより魅力的に引き立てる名脇役でもあります。前景にやわらかな色や形が加わることで画面に層が生まれ、見る人の視線が自然と主役へ導かれるという効果もあります。
まずは離れた位置に咲く主役の花を見つけ、望遠レンズで構図を決めて切り撮ります。そのうえで、主役からできるだけ距離を置いた位置や、レンズのすぐ近くに前ボケとして利用できる要素を配置し、画面に奥行きと空気感を加えていきます。
使用するレンズの焦点距離が長いほど、そして開放値が明るいほど、前ボケは大きく、やわらかく広がります。とくに望遠レンズの圧縮効果は前景と主役の距離感を縮め、前ボケをより印象的に見せてくれます。
また、前ボケに利用する要素を主役と同系色にすると、画面全体に統一感が生まれ、色の調和がとれた完成度の高い作品に仕上がります。逆に、あえて色を変えることでアクセントとして働かせることもでき、表現の幅がさらに広がります。
マクロレンズでさらに前ボケを表現

■撮影環境:F6.7(+1.5EV・1/125秒)・ISO200・AWB
前ボケの魅力をさらに深めてくれるのが、マクロレンズでの前ボケ表現です。
マクロレンズは被写体にぐっと近づいて撮影できるため、前項で紹介した望遠レンズよりも、さらに狭い範囲の中で前ボケを活かした表現が可能です。
主役とレンズの間に前ボケとして利用する要素を置く必要があるため、ワーキングディスタンスの長い望遠マクロレンズはとても有利です。距離を確保しながら繊細な前ボケを作り出せる点が魅力で、私が長年キヤノンEF180mmマクロレンズを愛用しているのも、まさにこの“前ボケの扱いやすさ”に惹かれているからです。
バラ園のように花が密集して咲く環境では、花と花のわずかな隙間から主役となる一輪を探し、その花に視線が通る位置を慎重に見極めます。周囲の花を前ボケとして取り込みながら主役を浮かび上がらせることで、画面に奥行きと柔らかな空気感が生まれ、マクロならではの世界が広がります。密集した花壇の中から一輪を切り取る作業は、まるで宝探しのようで、撮影していてとても楽しい時間でもあります。
おわりに
バラの撮影は、技術だけで完結するものではありません。花の造形を観察し、光を読み、どこにピントを置くかを迷い、前ボケをどう扱うかを試しながら、ようやく一枚の写真が形になります。その過程は、バラという被写体と静かに向き合う時間そのものでもあります。
バラ園を歩いていると、思いがけない一輪に出会うことがあります。
その花が放つ気配や佇まいに心を動かされ、「撮りたい」と思った瞬間から、写真はすでに始まっています。
技術はその感動を形にするための手段であり、どの項目も“美しい一輪と向き合うための道具”にすぎません。
今年はどんなバラに出会えるでしょうか。
そして、その一輪はどんな光をまとい、どんな表情を見せてくれるのでしょう。
カメラを手に、ゆっくりと歩きながら、自分だけの「美人」を探す時間を楽しんでいただけたら嬉しく思います。
■写真家:斎藤裕史
1968年千葉県生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業後、関西をベースに雑誌、コマーシャル撮影をおこなう。2000年より写真教室や撮影ツアーなどの講師業をスタート。写真雑誌などへの寄稿も。「楽しく撮った写真はいい写真」がモットー。blog「ふっても晴れても写真日和」






















