ソニー α7 IVで切り取る英国 ~See you, LONDON~|平野はじめ
はじめに
あなたにとって、「旅」とはなんでしょうか?
私の原点は、海外のストリートにあります。 故郷佐賀に長く馴染めず、思い立って北米に渡った20代。
そこで目にしたのはすべてのスケールが桁違い、映画のセットのような世界でした。
2023年、世界最大級のフォトコンテスト:ソニーワールドフォトグラフィーアワードにて日本部門賞一位を受賞し…
思いもかけず、私は英国に渡り 授賞式に参列するチャンスをいただきました。
久々の海外、ただでさえ苦手な英語に、さらに拍車をかけるブリティッシュアクセント。 渡英の為作成したフォトブック片手に、写真家として未来をひらこうと走りまわったロンドンは、初心を思い出させてくれました。
はじめて降り立つ欧州の地、ロンドンでの冒険が始まる…
目に飛び込むユニオンジャックカラー ”赤・白・青” をスパイスに。
見知らぬ街を共に旅している感覚で、お付き合いいただけたらと思います。
雲のうえから
HEAVEN

■撮影環境:焦点距離 12mm SS 1/800 F13 ISO800 WBマニュアル
空を飛ぶ、それはまだ見ぬ世界への導入線。
飛行機の中は、私にとって非日常を体験するための空飛ぶ観測所だ。
地上から切り離されたあの狭い空間は、現実と天国とのあいだを行き来するための小宇宙でもある。窓側席を必ず押さえたがるのは まだ見ぬ世界をほんのちいさな窓から見ていたいから。
約17時間のフライト、その大半を撮影に費やした。
地図の上でしか知らなかったグリーンランドの氷原を越え、太陽を浴びた雲海を切り裂いて進む機体。地球が少しずつその姿を変えていくさまを、私はファインダー越しに静かに見つめていた。
向かい風で離陸する機体のように、高揚する胸のエンジン音が旅のスタートの合図を告げた。
その日、私の隣に座っていたのは、ハリーという名の少年だった。
彼の表情は、まだ世界を恐れていない。目の奥に好奇心のランプが灯っている。ひとり旅かと思ったが、話してみると母親は数列後ろの席にいるのだという。彼はロンドンへ帰る途中だった。ソニーの大きなヘッドホンをつけて外を眺めているさまは、まるでヘリの撮影クルーのように勇ましくも見えた。私は広角レンズを取り出し、そっとその瞬間を撮らせてもらった。
わたしと誰かの時間
Hello

■撮影環境:焦点距離 70mm SS 1/500 F3.5 ISO400 WBマニュアル
ヒースロー空港に降り立った、夕方。
ロンドンで最もアイコニックなシンボルが迎えてくれた。
情熱的で強い存在感とは裏腹にどことなく自信を失いかけたたたずまいの’’電話ボックス’’。
誰もがスマホを持ち歩くデジタル時代。過去のコミュニケーション遺産が異邦人の私の目をひきつけた。
「Hello」… 恋人や家族、大切な人たちに、ここから幾人が問いかけたことだろう。
そんな声たちが、この小さな空間に染み込んでいるように思えた。
ロンドンでは「コミュニティ・ボックス」として電話ボックスを再利用するプロジェクトを展開しており、老朽化した電話ボックスをミニ図書館、 AED(自動体外式除細動器)ステーションとして活用する試みが進められているらしい。
旅の拠点
Picccadilly

■撮影環境:焦点距離 43mm SS 1/25 F9.0 ISO3200 WBマニュアル
拠点となった ”ピカデリー・サーカス”… 日本でたとえると、渋谷と銀座を足したような目抜き通り。
ここからほど近い場所に、世界の紳士が憧れる高級テイラー街”サヴィル・ロー”がある。「背広」の語源とも言われるその三番地には、かつてビートルズが設立したレコード会社・アップルの本部があったとか。
「霧のロンドン」とはよくいったもので、4月にもかかわらず肌寒く安定しない天候。初日からパラパラ雨、そのおかげで生まれた水たまりはドラマティックな鏡に早変わりし、”UNDERGROUND”を際立たせた。
東京メトロのマークを見るかのように、仮に迷っても「ここはまだ地続きだ」と、不思議な安心感を与えてくれた存在。
バスに揺られて
UK

■撮影環境:焦点距離 70mm SS 1/2000 F3.2 ISO200 WBマニュアル
鉄の塊に揺られて目的地に向かう、はじめての朝。
どこを見てもトリコロール、昨夜の印象とは一転し 街中がおだやかな祝賀ムードに満ちていた。
はためくユニオンジャック、積み重なる故エリザベス女王や新国王の記念グッズ。
翌月のチャールズ即位に向け、英国が揺れる世紀の瞬間。
偶然にも、私はそこに居合わせたのだった。
美術の時間
Canvas

■撮影環境:焦点距離 29mm SS 1/500 F8.0 ISO400 WBマニュアル
雨宿りをした階段下で、私は素敵な額縁を見つけた。
時刻は14時半過ぎ、お昼を逃してお腹もビッグベンに負けず 鳴り響く。ちなみに、ビッグベンの鐘の音は 日本では誰もが耳にする学校の”チャイム”の音色のルーツだとか。
国王の戴冠式が行われる 対岸のウエストミンスター、一帯をのぞむ。
Umbrella
Rain of Shine

■撮影環境:焦点距離 55mm SS 1/250 F5.0 ISO50 WBマニュアル
この日、ロンドン滞在の中で、一番長い一日になった。
式典前に行われたプレスカンファレンス(記者会見)の帰り道、やるせない気持ちでファインダーをのぞいていた。
突然、たたき起こすような横殴りの雨におそわれ、私は駆け足でテラス席があるカフェの軒下へ逃げ込んだ。
ロンドンでは107通りも雨を表現する言葉があるとか…
けれど、この日の気持ちを言い表す言葉は、そのどれにも当てはまらなかった。
いつも誰かが見守ってるよ
TUBE trip

■撮影環境:焦点距離 70mm(約1.5倍 クロップ) SS 1/250 F3.2 ISO3200 WBマニュアル
世開初の地下鉄が開業されたのはロンドン。
中でもお気に入りは、ベイカーストリート駅。 シャーロックホームズにも登場する歴史ある駅だが、ダウンライトに照らされるホームはまるで舞台のスポットライトみたいで、何度も足を運んだ。
ダイヤの乱れで、金属音をかき鳴らし停まった地下鉄。
車両の少年が、ホームのベンチにいた同年代の子どもに突然手を振った。
ふたりは知り合いではないらしい。手を振り返そうか迷うその子の代わりに、隣にいた男性が笑顔で手を振り返した。
後ろの広告の少女は、誰かの“最高の一日”をそっと見守るように微笑んでいた。
TUBE(地下鉄)は単なる移動手段ではない。
見知らぬもの同士が 人生のわずかなページを共有する、物語の舞台なのだ。
反対側のホームから撮影していた私を、優しい気持ちにさせてくれた一瞬。
翌年の2024年度 ソニーワールドフォトグラフィーアワード 日本部門賞第二位受賞作品。
真のヒーローは…
True heroes are ordinary people

■撮影環境:焦点距離 32mm SS 1/400 F5.0 ISO500 WBマニュアル
慌ただしく響き渡る高架下の足音は、朝の始まりを伝える目覚まし時計のようだった。
群衆の中にまぎれこみ、夢中になってシャッターをきる。
私にとってヒーローとは、なんの変哲もなく身近にいる存在だったりするのかもしれない。
あなたにとってのヒーローは どんな姿をしているのだろう。
2025年度 IPA プロフェッショナル部門/ People / Street photography 「Official Selection」選出作品。
Excuse me.
Ilia

■撮影環境:焦点距離 57mm SS 1/800 F4.0 ISO800 WBマニュアル
ストリートを歩いていたら迷路のような路地裏に入り込み、一向に抜け出せないのは私だけだろうか。
向かいから歩いてくる男性へ Excuse me.からはじまる一期一会。
”いや、迷子じゃないです。” 写真を撮らせて欲しいことを相手に説明する。
力強い鳳凰のジャケットとイリア(被写体)の風格。
Cromer St. のホーリークロス教会を背に撮影をしてみた。
前半から気づかれた方もいらっしゃるだろうが、作品の背景にレンガがよく写り込んでいる。1666年のロンドン大火で木造建築に大被害が出たことから、再建に木造は禁止とされ、以降レンガ造りの建物が増えたとか。
足元に、プライド
Footstep (足跡)

■撮影環境:焦点距離 16mm SS 1/200 F7.1 ISO100 WBマニュアル
通称”ブルーライン”…
ロンドンのタワーブリッジ建設時から長年にわたり、様々な職種に就いて支えた「普通の」人々をたたえる刻印だそう。
国王や英雄たちの栄光の影で、一歩一歩歴史を積みあげてきた市民たち。 夕陽でのびる、影。
何かの集合体や連続する無機物などに、私はひかれる。
一見奇妙だがよく見ると規則性をもっていたり、そんな身近な不思議を発見するのがきっと好きなのだ。
私だけのリズム
I’m here

■撮影環境:焦点距離 70mm SS 1/200 F3.5 ISO500 WBマニュアル
誰に教わったわけでもないのに、子供のころからブーツを好んで履いていた。
初めてのドクター・マーチンは、自分探しの旅で訪れたカナダで手に入れた 10ホールのブラック。
鉄板が仕込まれたその靴は、もともと労働者のための安全靴。
やがて階級社会に反抗する若者たちの象徴となり、パンクロックの鼓動とともに世界へ広がった。
今回のロンドン行きに選んだのは、薔薇の刺繍が刻まれたロングブーツ。旅には不向きな重さも、私にとっては確かな存在感だった。
ロンドンの空の下、私は間違いなく、自分の物語の中を歩いていた。
See you, LONDON
Runway

■撮影環境:焦点距離 31mm SS 1/250 F6.3 ISO320 WBマニュアル
初めてソニー α7 IVを使用して切り取ったロンドン、今までやってきたことが繋がった旅。
カメラも気持ちもロケーションも初めてで、疑うことなく直感的に撮る。
ストリート撮影の際に必要なフットワークの軽さを カメラとレンズから実感することができた。
とはいえ、神殿のようなサマセットハウスでの展示会では 42万点超から選び抜かれた世界中の受賞者たちの力作を前に心が砕ける音がした。
自身の作品には何かが欠けている… 現実の壁は雲さえ遮るほど高く冷たかった。この街に立って 下唇を噛むほど悔しい思いをするなんて、夢にも思わなかった。
だけど、その痛みこそが本物だと、どこかで理解していた。
いつかこの場所へ、世界のグランプリとして戻ってくる。
その日まで、何も終わらせない。 See you, LONDON April, 2023
■写真家:平野はじめ
日本有数の麦の生産地佐賀市で育つ。その生命力に魅了され、商標登録を取得。自分探しの渡米で写真に目覚め、帰国後舞台撮影などを経て独立。「廃にでさえ美は存在し、目に見えるものがすべてではない」という視点をもとに、ドローンでも一瞬を切り取る。新聞・ラジオ・TV出演・業界誌執筆や個展開催など、フォトアーティストとしてだけではなく、モデル・タレントとしても活動の幅を広げている。
現在、佐賀市公認観光アンバサダーリーダーも務める。ニコンHPで「NIKKOR Z 50mm f/1.8 S×平野 はじめ」を公開中。
2023年 ソニー ワールドフォトグラフィーアワード 日本部門賞 第1位 2024年 同部門賞 第2位 2025年 一般公募部門 ライフスタイルカテゴリー 世界第1位
PX3やIPAなど世界的フォトコンテストでも受賞多数。
















