始まりの1台 X100と23mmF2|写真がもっと楽しくなるX

内田ユキオ
始まりの1台 X100と23mmF2|写真がもっと楽しくなるX

X100が生まれなかったとしたら

もしもX100がなかったら、デジタルカメラの現在にどんな影響があっただろう? 
時々そのことを考えます。

X100は2011年3月に発売されましたが、まだ名前も、外観も仕様も決まっていない段階から関わっていたため、思い入れが強いカメラです。とくに初代のX100には、忘れられない思い出があります。

未来を見るファインダー

まずはファインダーができた日のこと。
X100は、先に独自のファインダーがあって、そこから発展して出来上がったカメラだと誤解されることが多いですが、「コンパクトで写りが良く美しいカメラにしよう」というコンセプトがあって、そのためにファインダーをどうするかが課題になっていました。

当時、デジタルカメラにとってファインダーは厄介ものになりつつあって、一眼レフでさえ背面液晶で撮る姿が目立ち始めていました。ましてやコンパクトカメラでは、コストがかかってサイズに影響があるわりに必要とする人は少ないかもしれない。外付けEVFがあればファインダーは内蔵していなくてもいいのでは、と。

いま2010年のデジタルカメラグランプリ受賞機種を見てみたら、審査員特別賞まで加えた4台のうち、2台は一眼レフ、2台はファインダーのない”ライブビュー機”でした。それが時代の流れだったのですね。

X100から覗いたX100。このタイミングで2台を用意するのは大変だったけれど、トビラの写真と合わせて撮っておく価値があったと思う。ファインダーとは発見という意味。写真の喜びはいつもここから始まる。
■撮影機材:富士フイルム X100
■撮影環境:SS1/60秒 絞りF8 ISO400 WB 晴天 AF-S
■フィルムシミュレーション:PROVIA

それでもX100は、カメラ本来の楽しさを取り戻したいという目標があって、そのためにファインダーは必須と考えられていました。そうなれば選択肢はふたつ。どう写るかが見えるデジタルならではのEVFの便利さか、タイムラグがない光学ファインダーの楽しさと気持ちよさ、どちらが相応しいのか? 

そこに切り替えができるファインダーが開発されたわけです。まだ基盤に乗った不格好なファインダーを初めて覗いたとき、「スカウターだ!」と驚きました。「未来がここにある」
光学ファインダーの中に文字が浮かび、レバーひとつでEVFと切り替えられるなんて、夢にも見たことがなかったです。

一眼のファインダーは、そのなかで絵を作り上げていくのに向いていて、外から飛び込んでくるものや、ファインダーの外にある世界を参照しながらダイナミックに組み立てていくのが苦手。でも色を転がした表現ならEVFは圧倒的に便利で、それをレバーひとつで切り替えられる画期的な構造に驚いた。
■撮影機材:富士フイルム X100
■撮影環境:SS1/60秒 絞りF4 ISO400 WB 電球 AF-S
■フィルムシミュレーション:Velvia

エレクトリックなEVFとオプティカルなOVFが切り替えられるという意味で、のちにハイブリッドビューファインダーと名づけられるわけですが、「X100にはライバルがいない、それどころか属するカテゴリーが存在しない」と言われるのは、このファインダーがあまりに独特だから。

X100FではさらにOVFのなかにEVFの小窓が加わり、アドバンスト・ハイブリッドビューファインダーへと進化しますが、基本の構造はデビューのときから変わっていません。それだけ革新的でした。

X100の功績

XF16mmの回に書いたように、Xシリーズが受け入れられるのにデザインの力は大きかったと思います。いまほど認知されてなかった頃に、すでに海外のファッションスナップなどでX100を首からかけている写真を多く見ました。「カメラってカッコいい」というアクセサリー感覚で選ばれていたのでしょう。デジタルになってもその価値観を残したのは無視できないです。

だからX100の功績として、まずはデザインの重要性の再認識。

でもX100がなかったとしたら・・・と考えたとき、ファインダーの復権に与えたインパクトは大きかったのではないでしょうか。

カメラにとってファインダーがどれだけ大切か。歴史を考えてみれば、写真の前からカメラはあったわけです。人はもともと美しいものを覗いて見るのが好きでした。世界と出会い、発見する場所がファインダーです。そこに見えるものを残したいと願ったときに、写真が発明されました。レコードが発明されるずっと前から音楽があったように、写真が発明されるずっと前からカメラはあったのです。

ライカがM3からどんどんシンプルになっていくように、X100も初代がもっともデザインされていて、飾りが多い。マグネシウムをここまで繊細に加工して、いろんな曲線を交えてデザインされていることには感激した。大袈裟に言うなら装飾品のような佇まいがある。

話が長く逸れました。X100についてのもうひとつの思い出は、発売されてすぐのこと。
春にパリに持って行って撮影をしていると、やたらと街で声をかけられました。「それはフジの新しいカメラかい? 予約したけれどまだ手に入らないんだ。津波だってね・・・ちょっとだけ見せてもらえないかな」と。

その人たちの購入の決め手は、クラシカルで美しいデザインと、ファインダーにあったのでしょう。レバーの操作を教えると、何度もファインダーを切り替え、嬉しそうに笑みを浮かべていたから。

世界が求めているんだと、これほど強く感じた経験もなかったです。

23mmの役割と楽しさ

個人的には「電池が入っていなくても触っていて楽しい稀有なデジタルカメラ」だと思いました。2011年にCP+のステージに立ったとき「X100のここが好き ベスト7」というトークショーをやって、それを強調しました。いつでも持っていたくなるカメラが、結局は多くの傑作を撮ることになるわけだから

他の写真家は、近接で描写が甘くなるレンズの特徴について「ソフトフォーカスのように使えて楽しい」と話している人もいました。それが今回の主役である23mmF2。X100からX100Fまで、およそ10年ものあいだX100を支えてきたレンズです。

どこにでも持っていけて、写りが良く、使っていて楽しい。理想としていたX100を実感したのは、この香港で。カメラ一台を首から下げて散歩のように写真を撮り、それが作品として発表できるクオリティ。フィルムの頃なら選択肢が多かったが、求めていたデジタルカメラの登場だった。
■撮影機材:富士フイルム X100
■撮影環境:SS1/60秒 絞りF11 ISO400 WB 晴天 AF-S
■フィルムシミュレーション:PROVIA

オーディオの世界、とくにイヤフォンやヘッドフォンでよく使われれますが、「モニター型」と「リスニング型」という分類があります。

音のひとつひとつを原音に充実に再現して、本来であれば埋もれてしまうような繊細な違いまで聞き分けることができるものがモニター型。もともとはレコーディングエンジニアやスタジオミュージシャンなど専門職の人たちに好まれてきました。

いっぽうでリスニング型は、音に味付けがされていて、再現性よりはむしろ「音楽を心地よく聴くこと」を目指しています。モニター型が聴き疲れやすいのに対して、リスニング型は長く音楽を聴いていても飽きにくい性格を持っていて、こちらは機種ごと、あるいはメーカーごとに音の傾向が違い、自分の好みの音楽に合わせて選ぶ楽しみがあります。

街に溶け込んで、人物に接したときに警戒されない、というX100の特長がよくわかる。23mmだから子どもたちはすぐ目の前。光の美しさに気を配りながら、一緒に遊ぶ感覚で撮った。
■撮影機材:富士フイルム X100
■撮影環境:SS1/125秒 絞りF5.6 ISO400 WB 晴天 AF-S
■フィルムシミュレーション:Velvia
犬たちが生まれてきた瞬間みたいな、60年代フランスの写真家たちからの強い影響が感じられる一枚。美しい写真が撮れるカメラはたくさんある。ユーモアのある写真が撮れるカメラ、撮りたいと思えるカメラは多くない、と僕は思う。この角度はファインダーならでは。
■撮影機材:富士フイルム X100
■撮影環境:SS1/250秒 絞りF8 ISO400 WB 晴天 AF-S
■フィルムシミュレーション:PROVIA

X100シリーズに搭載されている(されていた)23mmF2は、上の呼び方を借りるならば間違いなくリスニング型でしょう。絞り開放からキンキンにシャープで、周辺までまったく破綻がなく・・・という描写ではない。とくに近接では非点収差が顕著で盛大に滲みます。夜景などの光源も崩れてしまう。

でもそれを欠点だと思う人が少なかったのでしょう。むしろ好む人が多かった。
いつでもどこにでも持っていって、心が動いたときにはなんでも撮っておいて、あとで写真を見たときに感動が蘇るという、23mm(換算35mm)にとって理想とも思える役割を果たしてくれたから。記憶色と呼ばれるXの絵作りとの相性も良かったと思います。

ハイレゾがブームになり、そのポテンシャルを引き出すためにモニター型のヘッドフォンが増えていったように、カメラの高画素化はシャープで欠点の少ないレンズを求めるようになり、X100も五世代目のX100Vからレンズが変わります。こちらのレンズも素晴らしいので、機会があれば撮り比べてみてください。

ファインダーの衰退を嘆きながら撮った一枚だけれど、この橋(芸術橋=ポンデザール)が2014年に悲劇的な事故によって壊れてしまったため、時代の記録となった。
■撮影機材:富士フイルム X100
■撮影環境:SS1/60秒 絞りF5.6 ISO400 WB 晴天 AF-S
■フィルムシミュレーション:PROVIA

彼や彼女たちの23mm

まだXを持っている人と出会うのが珍しかった頃、よく声をかけて写真を撮らせてもらいました「同じカメラを選ぶんだから、仲間みたいなものだよ」と思ってくれたのでしょう。断られたことは一度もありません。

X100を構える姿を見て「それにしても美しいな」と思います。ファインダーを覗くことで少しだけ顔が隠れる感じもいいし、フロント部分にメーカー名などがいっさい見えないのもいい。

そのくらいの距離で使う23mmは最高です。見えたままに撮れる、人の視線に最も近いとされるレンズの、ひとつの理想がここにあったように思います。チャートを撮って、中央と周辺を比べ、絞り値による変化を比較するようなところとは無縁な世界で、長く愛されたレンズです。

Xのファインダーから見るXユーザーは、いつも笑みを返してくれた。不完全さを受け入れ、偏っていたとしても魅力を愛する、その気持ちは23mmに集約されているかもしれない。
■撮影機材:富士フイルム X100F
■撮影環境:SS1/60秒 絞りF4 ISO400 WB 晴天 AF-S
■フィルムシミュレーション:PROVIA

 

■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist

 

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