広大な景色も、足元の小さな自然も。キヤノン「RF35mm F1.8 MACRO IS STM」レビュー

八木千賀子
広大な景色も、足元の小さな自然も。キヤノン「RF35mm F1.8 MACRO IS STM」レビュー

はじめに

こんにちは。風景写真家の八木千賀子です。
風景写真のレンズ選びといえば、広大な景色を写す広角ズームや、最近では圧縮効果を狙った望遠レンズでの切り取りが人気です。しかし、そんな中で私がこの『RF35mm F1.8 MACRO IS STM』を選び、あえて一本で歩きたくなる理由があります。

今回は、梅雨のしっとりとした空気から、晩秋の彩り、そして凍てつく冬の朝まで。季節をまたいでじっくりと撮影を楽しんできました。
重い機材から解放されて、身軽に歩ける喜び。そして、壮大な景色だけでなく、ふと足元にある小さな自然の美しさに気づかせてくれる「ハーフマクロ」の視点。 風景写真家としてのいつもの視点に、新しい発見をくれたこのレンズの魅力を、作例とともにお伝えしていきます。

風景撮影を変える「軽快さ」と「サイズ感」

風景写真といえば、堅牢な三脚に、描写力の高い大口径ズームレンズ。気づけば機材の総重量がずっしりと重くなり、撮影ポイントに着く頃には肩がパンパン……なんてことも珍しくありません。 しかし、この「RF35mm F1.8 MACRO IS STM」は、わずか約305g。手に取った瞬間、「あ、これならどこまでも歩ける」と直感しました。

私たち女性フォトグラファーにとって、機材の重量は撮影のモチベーションや持続力を左右する切実な問題です。重い機材を背負っての山歩きや長距離の移動は体力を奪いますし、疲労は集中力の低下にも直結してしまいます。 けれど、このレンズの軽快さは、そんな身体的な負担から私を解放してくれました。

■撮影機材:Canon EOS R6 Mark III + RF35mm F1.8 MACRO IS STM
■撮影環境:焦点距離 35mm 絞り優先AE(F 5.6、1/80 秒、- 1 EV) ISO 500 太陽光

「もう一歩先へ行ってみよう」「あの坂の上からの景色も見てみよう」。 そう思わせてくれるフットワークの軽さは、結果として新しい景色との出会いを生んでくれます。この竹林の小道も、軽装備だからこそ奥まで散策してみようと思えた場所の一つです。

また、EOS Rシリーズのボディに装着した時のバランスも絶妙で、手になじむサイズ感も魅力です。大きなカメラバッグを構えなくても、散歩用のバッグにすっと収まる。スナップ感覚で持ち出せる気軽さでありながら、出てくる画は本格的。 この「気軽さ」と「描写力」のギャップこそが、風景撮影のスタイルをより自由に、アクティブに変えてくれる大きな魅力だと感じています。

「ハーフマクロ」が切り取る自然のテクスチャ

このレンズ最大の特徴であり、私が風景撮影で特に重宝しているのが、最大撮影倍率0.5倍の「ハーフマクロ」機能です。 一般的な広角レンズでは「もう少し寄りたい」と思った時にピントが合わず、歯がゆい思いをすることがありますが、このレンズにはその境界線がありません。雄大な景色を撮ったその足で、一歩踏み込み、足元の小さな世界をクローズアップする。レンズ交換をすることなく、視点の切り替えをシームレスに行えるのは、撮影のリズムを崩さない大きなメリットです。

■撮影機材:Canon EOS R5 + RF35mm F1.8 MACRO IS STM
■撮影環境:焦点距離 35mm 絞り優先AE(F 1.8、1/6400 秒、- 1.67 EV) ISO 400 AUTO

例えば、梅雨時のしっとりとした森の中。 雨に打たれて透き通るような花びらの質感や、滴る水滴の瑞々しさ。そうした「湿度の高さ」まで写し込むような撮影は、このレンズの独壇場です。 マクロレンズならではの大きく柔らかなボケが、雨の日の幻想的な雰囲気をより一層引き立ててくれます。

■撮影機材:Canon EOS R5 + RF35mm F1.8 MACRO IS STM
■撮影環境:焦点距離 35mm 絞り優先AE(F 2.5、1/500 秒、- 0.67 EV) ISO100 AUTO

また、花に顔を寄せれば、そこに集う小さな命のドラマも見えてきます。 花粉を体にまとったハチの姿。その微細な毛の一本一本や、花粉の粒子までもしっかりと解像しており、小さな生き物たちの「息づかい」まで聞こえてくるようです。 風景の一部として見過ごしてしまいそうな小さな存在も、このレンズを通すことで、力強い作品の主役へと変わります。

■撮影機材:Canon EOS R5 + RF35mm F1.8 MACRO IS STM
■撮影環境:焦点距離 35mm 絞り優先AE(F 4.0、1/4000 秒、- 0.67 EV) ISO 200 AUTO

そして、季節は巡り、凍てつく冬の朝へ。 肉眼では白い粉のようにしか見えない「霜」も、グッと近寄れば、ガラス細工のように鋭く繊細な結晶の集合体であることがわかります。

柔らかい「水」の描写、緻密な「生命」の描写、そして鋭い「氷」の描写。 被写体の温度感や手触りまでも写し分ける表現力は、風景写真の中に新しいストーリーを生み出してくれます。「遠くの絶景」だけでなく「近くの感動」も逃さない。このレンズがあるだけで、フィールドで出会う被写体の数は何倍にも増えるはずです。

開放F1.8が描く「空気感」と「ボケ」

風景写真は「F8〜F11あたりまで絞り込み、画面全体にピントを合わせる(パンフォーカス)」のが基本セオリーですが、このレンズを手にすると、あえて絞りを開けたくなる瞬間が多々あります。

■撮影機材:Canon EOS R5 + RF35mm F1.8 MACRO IS STM
■撮影環境:焦点距離 35mm 絞り優先AE(F 1.8、1/500 秒、- 2EV) ISO 200 AUTO

特に威力を発揮するのが、光と影が交錯する森の中での撮影です。 木々が重なり合い、背景がどうしても雑然としてしまうシーンでも、開放F1.8ならではの浅い被写界深度を活かせば、光が当たった主役だけをスポットライトのように浮かび上がらせることができます。 ピント面の苔の鋭い解像感と、なだらかにボケていく背景。この対比が、平面的な写真に驚くほどの「立体感」を与えてくれます。

■撮影機材:Canon EOS R5 + RF35mm F1.8 MACRO IS STM
■撮影環境:焦点距離 35mm 絞り優先AE(F 1.8、1/6400 秒、- 0.67 EV) ISO 400 AUTO

また、被写体にグッと寄ることで生まれる、大きく柔らかなボケ味もこのレンズの醍醐味です。 背景に木漏れ日などを入れれば、美しい円形の「玉ボケ」となり、写真全体を優しく彩ってくれます。広角レンズとは思えないほどの豊かなボケは、何気ない景色をドラマチックな作品へと変えてくれる魔法のような力を持っています。

そして、このF1.8という明るさは、日が短く光量の少ない冬の撮影、特に「星空」を撮る際にも大きなアドバンテージになります。

35mm × F1.8 で撮る星の魅力

冬の澄み切った夜空を見上げ、まずはF1.8開放でシャッターを切る。すると、暗いズームレンズでは感度を上げすぎてノイズが気になってしまうようなシーンでも、驚くほどクリアに星の輝きを写し止めることができました。

■撮影機材:Canon EOS R6 Mark III + RF35mm F1.8 MACRO IS STM
■撮影環境:焦点距離 35mm 絞り優先AE(F 1.8、13 秒、± 0 EV) ISO 1250 3900K

正直なところ、比較画像の左側のように、開放F1.8では画面の隅にある星が少し鳥が羽ばたいたような形(サジタルコマフレア)になる傾向があります。 しかし、そこからF2.8まで少し絞ってあげるだけで、右側の画像のようにその現象は驚くほど解消され、周辺までキリッとした美しい点像になります。

(左)開放F1.8では周辺の星にわずかにコマフレアが見られます。(右)F2.8まで絞ると劇的に解消し、美しい点像になります。
■撮影機材:Canon EOS R6 Mark III + RF35mm F1.8 MACRO IS STM
■撮影環境:焦点距離 35mm 絞り優先AE(F 2.8、13 秒、± 0 EV) ISO 1000 3900K

構図を決める時や、とにかく明るさを稼ぎたい時は「F1.8」。 作品として隅々まで画質にこだわりたい時は「F2.8」。
絞ればカミソリのように鋭く、開ければ柔らかく。この二面性を理解し、シーンに合わせて使い分けることで、表現の幅はぐっと広がります。

35mmという画角の「程よい距離感」

風景写真というと、14mmや20mmといった超広角レンズを使って、パースペクティブを効かせたダイナミックな構図を作りたくなるものです。しかし、この「35mm」という画角には、そうした誇張のない、人間の視野にとても近い「素直さ」があります。

■撮影機材:Canon EOS R5 + RF35mm F1.8 MACRO IS STM
■撮影環境:焦点距離 35mm 絞り優先AE(F 2.2、1/160 秒、+ 0.33 EV) ISO 100 AUTO

例えば、霧が立ち込める静かな森。 超広角レンズだと木々が遠ざかりすぎてしまい、この幽玄な雰囲気が薄れてしまうことがありますが、35mmは見たままの「奥行き」と「密度」をそのまま写真に閉じ込めてくれます。 余計なものを入れないように整理しつつも、森全体が持っている「静寂」や「空気の層」は損なわない。撮影者の意図を押し付けすぎず、自然のありのままを受け入れるようなこの距離感が、風景と向き合う時間をより豊かなものにしてくれます。

■撮影機材:Canon EOS R5 + RF35mm F1.8 MACRO IS STM
■撮影環境:焦点距離 35mm 絞り優先AE(F 6.3、1/8000 秒、- 1.67 EV) ISO 200 AUTO

そして、視界が開けた冬の川辺での一枚。 ここでは、35mmの持つ「バランスの良さ」を実感しました。目の前の雪原をのびやかに描きつつも、背景の山々や太陽が豆粒のように小さくなりすぎず、しっかりとした存在感を保っています。 広すぎず、かといって狭すぎない。 その場所で自分が感じた「広がり」を、誇張することなく素直にフレームに収められる信頼感は、風景を記録する上で何にも代えがたいものです。

もちろん、ズームレンズのようにその場で画角を変えることはできません。「もう少し広く入れたいなら、自分が下がる」「主題を大きくしたいなら、自分が近づく」。 そうやって自分の足を使って構図を決める作業は、被写体との距離感を測り、自然と対話しているような感覚にさせてくれます。便利なズームに頼らず、自ら動いてベストな位置を探すプロセスそのものが、写真撮影の原点的な楽しさを思い出させてくれました。

まとめ

広角ズームレンズの便利さはもちろん否定しません。しかし、この「RF35mm F1.8 MACRO IS STM」と過ごした季節は、私に「撮ることの原点」を思い出させてくれました。

梅雨の森に漂う湿気や、植物の瑞々しい息吹。 晩秋の木漏れ日の中で出会った、美しい光と影のコントラスト。 そして、真冬の突き抜けるような青空と、肌を刺すような冷たく澄んだ空気。
ただ景色を記録するだけでなく、その場に流れていた「時間」や「温度」までも鮮明に写し止めてくれる。それは、高い解像力と、被写体に寄り添えるマクロ機能、そして空気感を描き出すF1.8の明るさがあればこそです。

風景写真=重装備、という固定概念を捨てて、たまにはこのレンズ一本でフィールドに出かけてみてください。 軽くなった荷物の分だけ、きっと足取りも軽くなり、今まで見過ごしていた小さな自然のドラマや、新しい絶景に出会えるはずです。旅と自然を愛するすべての人に、自信を持っておすすめしたい一本です。

 

 

■写真家:八木千賀子
愛知県出身。幼い頃より自然に惹かれカメラと出会う。隻眼の自分自身と一眼レフに共通点を見いだし風景写真家を志す。辰野清氏に師事し2016年に【The Photographers3 (BS 朝日)】出演をきっかけに風景写真家として歩み始める。カメラ雑誌、書籍など執筆や講師として活動。

 

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