ハスが作り出す世界を表現する基本とテクニック|斎藤裕史
はじめに
ハスの花は早朝、ゆっくりと花びらを開き、昼頃にはまた閉じていく――その営みを三日間繰り返し、やがて散っていきます。
この短い開花のサイクルは、まるで「時間そのもの」を写し取るような美しさがあります。 だからこそ、ハスを撮るためには、花のリズムに寄り添うように蓮池へ向かい、光や風、そしてその日の空気を感じながらシャッターを切る必要があります。
静けさの中で咲く花の声に耳を澄ませるように―― そんな気持ちで読み進めていただければ嬉しく思います。
ますはアングルを探る

■撮影環境:F11(-0.5EV・1/750秒)・ISO200・太陽光

■撮影環境:F5.6(+0.5EV・1/250秒)・ISO400・太陽光
ハスを撮影する際どんなアングルで捉えるでしょうか。私は花を撮影するとき、その花が最も美しく感じられるアングルを探ります。ハスを撮影しているとたくさんの写真愛好家の方たちも撮影を楽しんでいますが、ハスの花を上から見下ろして撮影している方が少なくありません。私はハスの花托、シベに実はあまり魅力を感じません。アングルが高めなので周囲の葉も煩雑になりがちです(写真上)。私は、花びらこそがハスの魅力だと思うのです。ゆえ、低めのアングルで捉えるように心がけています。望遠レンズで低めのアングルで捉えることで前ボケ、後ろボケの中にやさしく浮き上がらせることができます。

■撮影環境:F11(-0.5EV・0.5秒)・ISO400・太陽光
早起きして蓮池を訪れたものの、花はまだ咲いていなかった――そんな朝もあります。けれど私は「せっかく来たからには、手ぶらでは帰らない」と心に決めています。 池一面を覆う葉の中に、小さな蕾がひとつ。たったひとつだからこそ、被写体になると思うのです。可憐さを表現するには、画面の中で小さく配置することがポイント。日の丸構図を避け、少しバランスを崩すことで自然な余韻が生まれます。雨上がりの水滴が、静かな朝にきらめきを添えてくれました。
光を選ぶ
みなさんはどんな天候の日に撮影を楽しんでいるでしょうか。 写真は「光画」とも呼ばれるように、光はとても重要な要素です。光には方向(順光・逆光・サイド光)だけでなく、質にも違いがあります。つまり「硬い光」と「やわらかい光」。簡単にいえば「晴れ」か「曇り」かです。 作例は晴天時と、太陽が雲に隠れた瞬間に撮影したもの。晴天では影が強く出て画面が煩雑に感じられますが(写真左)、曇天ではピンクの花びらがやさしく描写されました(写真右)。やわらかい質感の花には、やさしい光がよく似合う――そう感じる瞬間です。
この作例も、ハスの花に光が当たっているかどうかの比較です。前項との違いは、晴天時にそのまま撮影したものと、直射日光を遮断して撮影したもの。 直射日光を厚紙などで遮ると花は暗くなりますが、露出補正をプラスにすると影の中の花が明るくなると同時に、日なたの背景は鮮やかな緑に変わります。曇天時の作例では花も背景も均一な明るさでしたが、影を作ることで明暗差が生まれ、背景が華やかに引き立ちます。 なお、レフ板を使うと影が弱まり花は明るくなり、背景は暗くなります。光のコントロールは、写真の印象を決定づける大切な要素なのです。

■撮影環境:F13(±0EV・1/350秒)・ISO200・太陽光
ハスの花はその形状から、陽が当たるとどうしても影ができてしまいます(写真左上)。夏空にピンクの花が映えるのは確かですが、私はこの影が少し気になるのです。 青空の下、太陽が雲に隠れました。太陽が雲に遮られると露出差が生まれます。青空に露出を合わせると、陽が当たっていないハスの花はアンダーになります(写真右上)。そこでプラス補正をかけると、花は明るくなり、青空は少しオーバーになってやさしい色合いに変わりました(写真下)。淡いピンクの花と、露出オーバーで柔らかくなった青空の組み合わせは、まるで夏の静けさを感じさせてくれます。ハスに限らず花の撮影では、光を“選ぶ”ことがとても重要です。強い光を避け、やわらかな光を探すことで、花の質感や空の表情が穏やかに調和します。 夏空の力強さも魅力ですが、私は少し翳った光の中にこそ、ハスの静かな美しさが宿ると感じています。
レンズの特性を生かして

■撮影環境:F2.8(+0.5EV・1/125秒)・ISO200・太陽光
ハスの撮影で私がいちばん好きなのは、前ボケを活かした表現です。 前ボケは、平面的になりがちな写真に奥行きと空気感を与えてくれます。 まず望遠レンズを使い、少し離れた場所に咲くハスの花を探します。被写体を見つけたら、レンズのすぐ近くにある葉の隙間を探し、そっとのぞき込むように構えます。絞りは開放値。やわらかなトーンで捉えるためには、やはり曇天の日が最適です。 画面の中に小さく花を配置することで、可憐さと静けさが生まれます。前ボケは、写真に“感じる余白”を与える大切な要素です。

■撮影環境:F16(+1EV・1/45秒)・ISO200・太陽光
広角レンズは画角が広いため、意図しない要素が写り込みやすく、構図づくりには注意が必要です。 望遠レンズのようにボケ味を活かした表現ができない分、画面全体にピントが合うため、不要な要素を排した構成が求められます。
完璧なまでに美しい四輪のハスを見つけ、できるだけ花が重ならないようにカメラポジションを探りました。 青空の下、太陽が雲に隠れた瞬間を待ってシャッターを切ると、柔らかな光が花びらを包み込み、清らかな印象に仕上がりました。
広角ならではの“見上げる視点”が、ハスの凛とした姿をいっそう際立たせてくれます。
光条をアクセントに

■撮影環境:F22(-3EV・1/1000秒)・ISO100・太陽光
早朝、開花したばかりのハスの花。太陽の高度が低い時間帯だからこそ、花と太陽を重ねたシルエット描写が可能になります。 形のよい花を探し、太陽と重ねるように構図を決めます。その際、絞りを絞り、花びらの隙間からわずかに太陽を覗かせると光条が生まれ、魅力的なアクセントになります。ゴーストが出ないよう、太陽は花びらの隙間からほんの少しだけ覗かせるのがポイントです。
ミラーレスカメラならファインダー内で光条を確認できますが、光学ファインダーの場合は目を傷める恐れがあるため、必ず背面の液晶画面で確認しましょう。 光条をアクセントとして取り入れることが多い私にとって、太陽の覗かせ具合をファインダー内で微調整できるようになったのは、ミラーレスカメラの嬉しい恩恵のひとつです。
ぜひ、朝の静けさの中で光と花の語らいを感じてみてください。
カメラだけに見えている色でとらえる

■撮影環境:F11(-1.5EV・1/45秒)・ISO400・太陽光

■撮影環境:F11(-2.5EV・1/350秒)・ISO400・太陽光
私は光の色の変化を表現するため、基本的にホワイトバランスは「太陽光」に設定しています。 ハスは早朝に開花するため、うす暗い時間帯から撮影を始めるよう心がけています。そんな時間帯では、肉眼では感じられない色調が写ることがあります。この日、最初に撮影した画像がモニターに映し出された瞬間、その妖艶な雰囲気に思わず息をのみました(写真上)。まさにこれが「光の色」なのでしょう。 やがて朝陽が射し始めると、同じつぼみでありながらまったく異なる表情が浮かび上がりました(写真下)。
光の重要性、そして光の色の変化――その奥深さを改めて実感した朝でした。
マクロレンズで見る世界

■撮影環境:F3.5(+2.5EV・1/45秒)・ISO400・太陽光
ハスはマクロレンズで接近して撮影しても、十分にフォトジェニックな被写体です。 開ききった三日目の花でも、花びらの一部を切り撮ることで新たな表情が生まれます。 マニュアルフォーカスでピント位置を少しずつ動かしながら、前ボケと後ろボケのバランスを見きわめます。すると、花びらの輪郭の曲線と、中心から外側へ伸びる繊細なラインが浮かび上がります。 ここでも直射日光を遮ることで、花びらの質感がやわらかくなり、背景の葉が明るく華やかに映えました。 マクロの世界では、わずかな光の違いが印象を大きく変えます。 近づくほどに見えてくる美しさ――これもまたハスの魅力なのです。

■撮影環境:F3.5(+1.5EV・1/60秒)・ISO400・太陽光
雨あがり、ハスの葉には水玉が生まれます。 葉の表面にある微細な凹凸とワックス成分が、驚くほどの撥水性を生み出しています。 この仕組みにより、葉は濡れにくく、汚れや泥も水滴によって転がり落ちる――まさに自然の自浄作用です。
その水玉に、ハスの花が映り込んでいました。 マクロレンズを使い、絞り開放で撮影。ピント位置の選び方が印象を左右します。 映り込んだ花にピントを合わせると少し煩雑な印象に(写真小)。 水玉の輪郭にピントを合わせると、ピンク色の花の映り込みがやさしく浮かび上がりました。まるで和菓子のような、やわらかな世界。 自然がつくり出す造形美に、思わず息をのむ瞬間です。
「動」と「静」を表現

■撮影環境:3秒(±0EV・F19)・ISO100・太陽光
ハスの花そのもので「動き」を表現するのは難しいものですが、蓮池の水草によって「動」を描くことができました。 水面を覆う水草が、時折吹く風にゆっくりと動いていることに気づきました。 散った花びら=「静」、風に水面を動く水草=「動」。その対比をスローシャッターで表現しました。
必要に応じて減光効果のある NDフィルターを使用します。 シャッター速度はテスト撮影を重ねた結果、ここでは3秒に設定。 風が吹くたびにシャッターを切り、液晶モニターに現れる水草の軌跡に一喜一憂する――そんな時間がとても楽しいものでした。
撮影した中から、水草の流れがもっとも美しく描かれた一枚を選びました。 スローシャッターが捉えたのは、静かな風が奏でる一瞬の調和です。
さいごに
ハスの花は、ただ美しいだけの被写体ではありません。 早朝の静けさ、風が描くささやかな動き、光の色の変化、そして近づくほどに見えてくる繊細な表情――そのすべてが、撮影者に“自然と向き合う時間”を与えてくれます。
アングルを変え、光を選び、距離を調整しながら、私はいつもハスに教えられてきました。 写真とは、目の前の景色を写すだけでなく、その瞬間に感じた空気や心の動きまでも写し取るものだということを。
蓮池に立つたび、花は毎回違う表情を見せてくれます。 その一瞬を逃さないように、これからも静かな朝に足を運びたいと思います。
読者のみなさんにも、ぜひご自身のペースでハスの花と向き合い「自分だけの一枚」を見つけていただけたら嬉しく思います。
■写真家:斎藤裕史
1968年千葉県生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業後、関西をベースに雑誌、コマーシャル撮影をおこなう。2000年より写真教室や撮影ツアーなどの講師業をスタート。写真雑誌などへの寄稿も。「楽しく撮った写真はいい写真」がモットー。blog「ふっても晴れても写真日和」





















