鞄にルックを詰め込んで ~私がルックについて知っている二、三の事柄

内田ユキオ
鞄にルックを詰め込んで ~私がルックについて知っている二、三の事柄

光を撮る

旅に出なければ撮れないもの、といったら何を思い浮かべますか? 世界遺産や建築物、絶景などでしょうか。あるときから「光」だと思うようになりました。気候が違う、流通している照明器具が違う、文化が違う、いろんな理由があるのでしょうが、言葉にできないから写真を撮っているというのが正直なところ。

光さえちゃんと撮れれば、何が写ってようがその街らしさが感じられると思っています。究極を言えば、ただカメラをテーブルに置いて撮っただけで「これハワイでしょ!」とわかってもらいたい。こればかりは旅を終えてモニターに向かってRAW現像しても意味がないので、その場にいて自分が感じていることと一緒になんとか写したいと頑張ります。

パリとニューヨークは街の構造も光もまるで違うので、その印象の違いをルックによって強調した例を見てください。ベルビアがベースになっているところは共通ですが、ホワイトバランスが違い、シャドウトーンも変えています。ニューヨークのほうが硬質で無機質、パリのほうが雑多でざらついた感じです。

街ごとにルックを作るのは楽しいので、簡単に手順を紹介しておきます。

まず撮り直しができるものでベースとなるフィルムシミュレーションを選び、光と色のバランスを決めることが多いです。例えばロンドンだったらこんな感じ。ロンドンの特徴的な赤があり、自然光がミックスされていて、なかなかの素材です。

次にそれが他のシーン、他の被写体でも使えるか試します。

手応えがあったら保存して名前をつけます。いつもならLONDONとかLondon Nightなどシンプルなものにしますが、このルックはとても気に入って長く使っていきたかったので大好きなスミスの曲からThere is a lightと登録しました。

旅した街の数だけ光を撮るためのルックがあります。せっかくなので紹介しましょう。

▼パリ

アルバムに貼られた「過去の夢」というムードにしたくて、珍しくシャープネスをいじっています。

▼ベルリン

彩度を低くクールな印象にしたほうがベルリンっぽいですが、そのコントラストこそがこの街の魅力。

▼ハワイ

色ではなく「空気感」を捉えたくて、シャドウトーンを決めるのに悩みました。梅雨の東京に合うかもしれません。

▼サンフランシスコ

何かが始まる予感と、闇の深さを共存させたくて、最初はクラシッククロームにしてあったのをプロネガに変えて設定し直しました。

それぞれの街らしさが、被写体だけでなく光から感じられる気がしませんか?

ここで難しいのはホワイトバランス。光の違いを敏感に拾い上げてほしいと思えば、デイライトにしておくのがいいのですが、そう簡単な話でもありません。ネガ系の軟らかいルックを使うときや、アルバムに貼られているような雑なところが魅力になるような写真だと、オートで撮った方が結果が良いこともあります。

人気のルックも万能ではない

カメラによってはルックのなかに個性重視のものがありますし、エフェクトやエミュレーターを使えばかなり効果が強いルックが選べます。デジタルの楽しさでもあり、音楽ではそこから生まれた傑作もあるので、すべてを否定しません。なるべく一緒にナチュラルなものも残しておくようにするといいと思います。せっかく写真を撮ったのに、そのときの光が残っていなかったら勿体ないから。

80年代ポップスのレコードジャケットのようで、それはそれで魅力ありますが、これならイラストでいいのではという気もします。

それよりもっと高品位なルックでも、けっこう使い方に注意が必要と感じるものがあります。すごく人気があるルックを買って比べてみました。スカートとコートの色がとにかく深くて美しく、赤、黄色、と単純に言い表せない色だったのですが、こうして見比べるとかなり違いがありますね。知らなかったらそういうものかなと思ってしまうでしょう。この中にJPEG撮って出しがあるのですがどれかわかるでしょうか?

正解は04で、X-E2のアスティアです。

JAPANとTokyo

前回に「JAPAN」や「Tokyo」、あるいは自分の住んでいる街の名前をつけるとしたら、どんなルックがいいか考えてみてくださいと提案しました。外国人観光客が感じるのと、住んでいる私たちが感じるのとで違いはあると思いますが、僕も作ってみました。

「Tokyo」

Tokyoのほうはサイバーパンク的なSFっぽさがありながら、少し切ない感じにしています。ウィリアム・クラインが東京の印象を聞かれて「シュールレアリズム」と答えたというエピソードが好きです。焼き鳥でビールを飲んでいる上を新幹線が通過している、と。住んでいるとそれを特別だと思わないので、大切にしたい視点。

「Tokyo」

映画『ロスト・イン・トランスレーション』の影響もあるのか、東京は青っぽく撮られることが多い街だと思います。あえて言葉にするなら「浮遊感」。

「JAPAN」

GFX100RFで5:4のアスペクト比で撮っています。
落ち着きが生まれるので、まだらな光がそこに移ろいのようなものを加えて美しいです。3:2で撮るならもう少し彩度が高くてもいいかもしれません。

JAPANのほうは日本ならではの建築や工芸品が美しく見えるよう意識してあります。登録するならJAPONISMにすると思います。

どちらもアスペクト比が重要で、それもルックの一部として考えていいかもしれません。こちらは現行のX/GFXならすぐ真似できるので設定を書いておきますね。これでポートレート撮ったらクールでカッコいいとか、私だったらシャドウは軟らかくするほうがいいなとか、ルックがシェアされて広まって、たくさんの写真が生まれていく世界を望みます。

【設定】
フィルムシミュレーション:ノスタルジックネガ
DR:200% グレインエフェクト:強/小
WB:晴 WBシフト:R-6 B+2
ハイライトトーン+1 シャドウトーン-1
カラー-1 明瞭度-2

X/GFXシリーズはシャドウが緩く感じられて、マイナス補正をデフォルトにしている人も多いようですが、この写真はディテールこそが命です。とくに逆光なら露出補正はいらないと思います。

窓から鏡へ

芸術などの表現は「窓に始まって鏡になる」とされます。そこから世界を見つめていたのが、次第に自分を映すようになる。表面的なものに興味があったのが、自分を投影させていくようになるというのですね。シャーカフスキーという偉い人が「鏡と窓」という写真展をやって話題になりました。

そういう難しいことは興味があったら調べてもらうとして、個人的には現代の写真は「窓だと思って外を見ていたら、そこに自分の姿が映ってしまう」ような撮り方が好きです。そこでセルフポートレートを都市ごとにルックを変え、窓から鏡、そして窓へ・・・という遊びを。
先ほどの飛行機の窓から見える空ほどではないですが、何かのかたちで自分の姿も残しておくといいですよ。影を撮る、現地の人にカメラを渡してみる、など工夫するのも楽しいです。

Look of Love

ルックがもっとも一般的に使われるファッションの世界にあって、ルックとは差別化のための見た目のことです。人と違った個性的なオシャレをしたり、前のシーズンとの流行の違いをはっきりさせたり、自分にセンスが似た人を外見から判断しやすくなります。つまりはコミュニケーションのためにあるわけです。

旅行先で出会った人の写真があるとアルバムはさらに豊かになります。僕はシャイで語学に自信もないため自分からガンガン声をかけるのは難しいですけれど、カメラのおかげでコミュニケーションができて、そういった出会いはなるべく写真に残していくようにしています。
こう撮りたいという欲が生まれることがあっても、なるべく出会ったときの様子が残るように自然に撮るのが好みです。

旅の機材に関しては、Exifを使えば何で撮ったのか見られて便利ですが、おしゃれに機材の写真を取り入れてアルバムを締めたいですよね。

インスタグラムなどでよく見かける真上から撮るアプローチをノーリングと言います。元々は作業現場などで使ったものを記録するために使われていました。背景はシンプルにするのが基本ですが、あえて旅の思い出を絡めてみました。

旅のエピローグ

2010年の冬のこと、パリのモンパルナス駅に着いた夜に、持って行ったフィルム80本を盗まれてしまいました。もちろん自分の不注意によるものですが、X線チェックなどが厳しくなってきて常にフィルムを別にして移動していたことも理由です。
ヨーロッパに量販店などないですし、旅を続けるためにカメラ店を見つけては「あるだけのフィルムを売ってくれ」と言って、なんとか撮り続けることができました。それでもフィルムに合わせて撮るものを変えるしかありません。
いつまでフィルムで撮り続けることができるだろう、と考えるきっかけになりました。

あのときのようにスーツケースの半分をフィルムで埋めなくても、ルックをカメラに入れて気軽に旅に出て写真が撮れます。この記事を読んで、旅に出たくなったら———ルックを使い分けて心の移ろいを写真に残し、街ごとに自分のルックを探してみたい、と思ってもらえたら最高です。そうでなくても旅を想定することで、ルックの魅力や使いこなしについて、理解が深まったなら嬉しいです。

 

 

■写真家:内田ユキオ
新潟県両津市(現在の佐渡市)生まれ。公務員を経てフリー写真家に。広告写真、タレントやミュージシャンの撮影を経て、映画や文学、音楽から強い影響を受ける。市井の人々や海外の都市のスナップに定評がある。執筆も手がけ、カメラ雑誌や新聞に寄稿。主な著書に「ライカとモノクロの日々」「いつもカメラが」など。自称「最後の文系写真家」であり公称「最初の筋肉写真家」。
富士フイルム公認 X-Photographer・リコー公認 GRist

 

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