新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす|Vol.005 ライカM2 ブラックペイント ボタンリワインド

新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす|Vol.005 ライカM2 ブラックペイント ボタンリワインド

はじめに

皆さんこんにちは。ライターのガンダーラ井上です。新宿 北村写真機店の6階にあるヴィンテージサロンのカウンターで、ライカをよく知るコンシェルジュお薦めの一品を見て、触らせていただけるという企画、『新宿 北村写真機店のカウンターで、お薦めライカを味わい尽くす』。ショウケースからライカを出して見せてもらうという体験は、いつでも特別な気分が味わえるもの。今日はどんなライカにお目にかかれるのか楽しみです。

コンシェルジュのお薦めは?

今回お薦めライカを見立てていただいたのは、新宿 北村写真機店コンシェルジュでライカフェローの肩書を持つ丸山さん。この前は、あの激レアな“段付き”ライカM3(連載vol.002参照)を出してきてくれていろいろ教えてくれたヴィンテージのスペシャリストですから、きっと今回も一筋縄ではいかないライカが出てくるのではないかと思いつつ、気を引き締めてカメラの登場を持ちます。

ヴィンテージの王道、黒いM型ライカ

カウンターの上に、そぉっと置かれたカメラはライカM2のブラックペイントでした。道具感の溢れる精悍な雰囲気と経年変化による個性が魅力的です。最近では世界的にヴィンテージの黒いライカが人気で、東京のカメラ店でも見かける機会が減ってきているのを感じます。それはそれとして、黒塗りのM型ライカってどんなニーズで作られたのでしょう?

歴史を紐解けば戦前の1920年代に発売されたバルナック型ライカはブラックペイントのモデルからスタートしていて、そのライバルとして市場投入されたツァイス・イコンのコンタックスも黒塗りでした。1930年代にコンタックスⅡ型が都会的で洗練されたクロームメッキのボディで登場したことをキッカケにライカも銀色のトレンドに乗り、高級カメラはクローム仕上げという図式が出来上がったという次第です。その流れは戦後も続きます。

1950年代後半にブラックペイントが復活

このライカM2は、ブラックペイントを施されたモデルとして1958年に500台作られた最初のロットに適合するそうです。その製造番号は948601からスタートしていて、だいたい200台目くらいがこの実機の番号とのこと。主力商品であるクロームのM2が発売されたのは1958年で926***から始まっているのでブラックペイントよりは先にリリースされ、同じ年の後半になってブラックペイントが登場したことになります。

そこで気になったのは、ライカM2より前のモデルで1954年から発売されているライカM3のブラックペイントとの関係です。丸山さんによれば、M3のブラックペイントが製造されたのは公式な記録では959401からスタートするので1959年とのこと。とはいえ、それより前の1958年には一部のカメラマン向けに特別仕様というかプロトタイプ的にペイントのモデルを出しているそうで、ライカ考古学の底なし沼の入り口を覗き見る気分です。

ペイントが剥がれて真鍮の地金が見える

それにしても、このライカM2ブラックペイントは手が頻繁に触れる部分がハゲハゲで地金の真鍮が露出しています。ライカM2の初期型の特徴として、フィルムを巻き戻す際にスプロケットのテンションを解放する装置がライカM3で採用されていたレバー式よりも簡素なボタン式になっているのですが、そのパーツも黒い部分がほとんどない状態です。

私の個人的な印象としては、1920年代に製造された黒塗りのバルナック型ライカでは、ここまで派手にペイントが剥離した個体を見たことがありません。戦争が終わってラッカーペイントの質が悪くなったのか、金属塗装の基本である下地処理に変更があったのか、あるいは故意にペイントを剥がれやすくして地金を露出させることを意図したのか不明ですが、M型ライカのブラックペイント黎明期モデルは剥がれまくっているものが多いです。

どうしてライカM2を先に黒く塗ったのか?

黒塗りのM型ライカは、目立たず街に潜むカメラが欲しいという要望が生み出したものなのかもしれません。そうであるならば、ライカM3とライカM2の二者択一なら広角レンズの35mmファインダー枠が出せるスナップシューター向けのライカM2の方である。というニーズがあったのでしょうか? という問いかけに丸山さんは大胆な仮説を披露してくれました。

ライカM2のスプールを引き抜くと、残った軸の部分に切り欠きがあります。これは底蓋を交換して迅速巻き上げを可能にするライカビットMPと連結させるための形状です。ライカビットMPとは1956年から1957年にかけてプロに向けて少数製造されたライカMPというライカM3ベースの特殊なカメラ用のオプションパーツです。ライカMPブラックペイントの外観に合わせ、ライカビットMPにも黒塗りの仕様のものがありました。

黒いビットは黒いライカで使いたい

そのビットが余ったのではないか? ライカM2はビットに対応できる巻き上げ軸をあらかじめ備えているのを基本の仕様としたけれど、クロームのボディにブラックのビットだと違和感がある。だからブラックペイントのライカM2を出して、黒いライカビットMPの在庫を一掃しようと目論んだのではないか。というのが丸山説の主旨となります。

「このM2に合わせたい、すごく剥がれたビットがあるんですよ」ということで、黒い部分がほとんど残っていないライカビットMPを黒塗りのライカM2に装着させてもらうと、雰囲気もバッチリですごくいい感じです。ビットはペイントがハゲハゲで真鍮の匂いが手に移ってくるほどのコンディション。でも動作はキレがよく、底蓋から飛び出したトリガーを操作することでファインダーから目を離さずに迅速にシャッターを切り続けることができます。

黒塗りボディには黒塗りのレンズが似合う


では、この黒塗りのライカM2に合わせるといい感じになると思うレンズは何でしょう?と丸山さんにお薦めを尋ねると、カウンターの上に登場したのは予想どおりブラックペイント仕上げのレンズでした。しかも、このレンズはマウント部分までブラックペイントが施され、真鍮の地金が出ているではないですか!

「M2といえばやはり35mmフレームが入って広角が使いやすくなった機種で、その当時のズミクロン35mm F2、通称8枚玉と呼ばれるブラックペイントで合わせてみました。1959年製のレンズなので、時代的にもほぼ一致しています。ブラスマウントと呼ばれるかなり初期の8枚玉ブラックです」と静かに語る丸山さん。8枚玉のブラックにはいろんなバリエーションがありますが、これはほとんどのパーツがペイント仕上げでなおかつ真鍮製のマウントなのがポイントなのです。

まとめ

この時代の黒塗りのライカは、実用品としての手ズレが真鍮の地金の景色を生み出していて、日本の陶芸趣味の世界に近いものを感じます。たまたま焼き窯のどこに置かれていたかによって灰を被った釉薬が唯一無二の表情を焼き物に与えるように、どのように扱われたかによってカメラに刻まれていく景色を愛でる。それが黒塗りのライカの真骨頂だと思います。

そんな風に趣味の世界で珍重される前に、このライカは激しくカメラを取り扱わざるを得なかった職業カメラマンの手によって使い込まれた結果、ことさらペイントが剥がれまくったということなのでしょう。「ライカM2は報道写真家のニーズが多かったというから、そういう影響もあるかもしれません」とグラフジャーナリズム全盛期に想いを馳せる丸山さん。黒塗りのライカには、世紀を超えたロマンが溢れているのです。

 

■ご紹介のカメラとレンズ
・ライカM2ブラックペイント(中古) 価格998万8千円
・ライカビット(中古) 価格572万円
・ズミクロンM 35mm F2 ブラックペイント 初期8枚玉
※価格は取材時点での税込価格

■ヴィンテージサロン コンシェルジュ:ライカフェロー 丸山 豊
1973年生まれ。愛用のカメラはM4 ブラックペイント

 

■執筆者:ガンダーラ井上
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒業後、松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間勤める。2002年に独立し、「monoマガジン」「BRUTUS」「Pen」「ENGINE」などの雑誌やwebの世界を泳ぎ回る。初めてのライカは幼馴染の父上が所蔵する膨大なコレクションから譲り受けたライカM4とズマロン35mmF2.8。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)、「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」(玄光社)など。企画、主筆を務めた「LEICA M11 Book」(玄光社)も発売中。

新宿 北村写真機店 6階ヴィンテージサロン

撮影協力:新宿 北村写真機店6階ヴィンテージカメラサロン

新宿 北村写真機店の6階ヴィンテージサロンでは、今回ご紹介した商品の他にもM3やM2、M4のブラックペイントなどの希少なブラックペイントのカメラ・レンズを見ることができます。
どのような機種が良いか分からない方もライカの知識を有するコンシェルジュがサポートしてくれますのでぜひ足を運んでみてください。

 

 

 

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