空気が澄み渡る季節におすすめの被写体 工場夜景|斎藤裕史
はじめに
かつて工場夜景は、写真家にとって手強い被写体でした。水銀灯、ナトリウム灯、LED、ハロゲンランプ——多様な光源が混ざり合う人工の光景は、フィルム時代には色補正が難しく、特殊なフィルターを駆使しても思うように仕上がりませんでした。しかし、デジタルカメラの普及と進化により、ホワイトバランスや色温度の調整が自在になり、工場夜景はより身近で、創造的な表現の対象へと変化しました。
これからの季節、日没は早まり、空気は澄み、光は冴える。冷たい空気の中、配管や煙突が光に照らされて静かに浮かび上がるその姿は、光に包まれた未来都市の要塞のように、静かに威容を放ちます。防寒対策をしっかり整え、ぜひこの季節ならではの工場夜景を撮りに出かけてみてはいかがでしょうか。
空間の使い方

■撮影環境:F22(+0EV・30秒)・ISO400・AWB・200mm
工場夜景では、夜空を広く入れてしまうと画面に無駄な空間が生まれがちです。そこで、望遠レンズを使って煙突や配管などを大胆に切り取り、画面を構造物で覆い尽くすことで、迫力ある一枚に仕上がります。絞りをしっかりと絞り、画面の隅々までシャープに捉えることで、緊張感と密度のある描写が生まれます。撮影時は、頑丈な三脚とリモートスイッチを用意し、ミラーレスでない場合はミラーアップ撮影を活用するなど、ブレ対策も万全に整えましょう。

■撮影環境:M(F11・15秒)・ISO400・AWB・32mm
前項では「夜空は画面に入れない」というお話をしました。工場夜景では、広角レンズを使った構図の工夫が重要です。そのひとつが「遠景を近景で囲む」という技法。 遠くで煌めく工場(遠景)を、頭上の高架や橋梁(近景)で囲み込むことで、画面に奥行きと緊張感が生まれます。 このときの高架の黒い空間は夜空の「無駄な空間」とは異なり、遠くで煌めく工場を際立たせる「意味のある空間」なのです。 高架の重厚なシルエットが画面上部に入ることで、視線は自然と画面中央の工場へと導かれ、工場の光がより印象的に浮かび上がります。
脇役で工場夜景を演出する

■撮影環境:F32(-0.5EV・15秒)・ISO800・AWB
工場夜景の煌びやかさを引き出す演出として、ぜひ試していただきたいのが「絞り込むことで生まれる光条(こうじょう)」です。クロスフィルターを使う方法もありますが、どうしても“フィルター感”が出てしまい、人工的な印象になりがちです。その点、絞り込みによって自然に発生する光条は、ほどよい輝きと奥行きを添えてくれます。
F11あたりから光条が伸びはじめますが、私はより煌びやかさを求めて、F22やF32など最小絞り値で撮影します。光源が星のようにきらめき、工場の構造美に、静謐な輝きを添えてくれます。

■撮影環境:F8(±0EV・8秒)・ISO400・AWB・116mm
工場夜景において、煙突から立ち昇る煙は欠かせない演出要素です。無風の日は煙がただ真っすぐ昇るだけで、画面に動きがなく、どこか物足りなさを感じます。そこでおすすめしたいのが、風のある夜に長秒露光で撮影すること。風に揺らぐ煙は、まるで工場が呼吸しているように、画面に命を吹き込みます。フィルム時代と違い、今は撮影枚数を気にする必要もなく、その場で仕上がりを確認できます。だからこそ、納得の一枚が撮れるまで、何度でもシャッターを切ることができます。冬の夜、風が強い日に寒さを押して撮影に挑めば、きっとその努力に応えてくれる瞬間が訪れるはずです。煙が描く軌跡は、工場夜景ならではの詩情と躍動を写し出します。

■撮影環境:F11(±0EV・30秒)・ISO400・AWB・70mm
シャッター速度によって表情が変わるのは、煙突の煙だけではありません。工場の多くは海沿いや運河沿いに立地しており、水面の描写もシャッター速度によって大きく変化します。
たとえば、2秒程度の露光(写真小)では水面がざわついた印象になりがちですが、30秒ほどの長秒露光で捉えることで、水面は滑らかになり、工場夜景の映り込みも美しく伸びます。
さらに、長秒撮影では絞りを絞るため、光源から伸びる光条も際立ち、画面全体がより煌びやかに仕上がります。水面は工場夜景の輝きを映すもうひとつのキャンバス。長秒撮影によって静と動が交錯する一枚が生まれます。

■撮影環境:F11(-1EV・15秒)・ISO200・AWB・24mm
工場そばの道路を通過する車を長秒露光で撮影することで、光跡を画面に取り入れ、「静」と「動」の対比を表現することができます。無機質な工場の構造物と、流れる光の軌跡が交差することで、画面に動きと静けさのコントラストが生まれます。このとき、ヘッドライトを捉えるとゴーストが発生しやすいため(写真小)、テールランプを狙うのがおすすめです。赤い光跡はどこか抒情的で、工場夜景に柔らかな余韻を添えてくれます。

■撮影環境:F11(-1EV・20秒)・ISO400・AWB・33mm
四日市工場地帯の運河越しには、四日市ドームがあります。そのガラス面に、工場夜景が映り込んでいることに気付きました。ガラスの桟をきっちりと水平に保つ位置で構図を決めることで、工場夜景を整然と画面に収めることができ、実に緊張感のある一枚に仕上がりました。このような撮影では、水平の精度が画面の印象を左右します。絞りはやや絞り気味に設定すると、ガラスの桟や工場のディテールがシャープに描写されます。構図が決まった瞬間には、静けさの中に張り詰めた空気が漂い、工場夜景がまるでガラスに封じ込められた絵画のように浮かび上がります。
レンズ選びは柔軟な発想で

■撮影環境:F16(-0.5EV・8秒)・ISO400・AWB・25mm
夜の長崎県佐世保市内、バイパスを走行中に突如現れた煌びやかな造船所。関西在住の私にとって造船所は縁遠い存在で、思わず車を引き返してしまいました。さっそく撮影を試みたものの、金網の目が細かく、大口径レンズでは網目の隙間にレンズが入らず、網目が写ってしました。そこで、レンズ口径の小さいEOS M+EF-Mレンズの組み合わせに切り替えたところ、網目の隙間からレンズを覗かせることができ、無事に撮影することができました。
大口径レンズが有利な場面は断然多いですが、こうしたシーンでは思わぬ盲点になることも。機材の選択は、スペックだけでなく、現場の制約に応じた柔軟さが、ものをいう——そんなことを実感した夜でした。
雨の日は絶好のシャッターチャンス

■撮影環境:F11(+0.5EV・20秒)・ISO200・AWB・40mm
雨の日の撮影は、どうしても億劫になりがちです。しかも冬の夜ともなれば、寒さも加わってハードルはさらに高く感じられます。それでも、工場夜景に限らず、夜景や年末の街を彩るイルミネーション撮影には、雨の日こそおすすめです。雨に濡れた屋根に工場の光が反射し、華やかさが増します。濡れた路面に映る光も、煌びやかさを倍増させてくれるでしょう。工場の灯りは、雨粒をまとって一層ドラマチックに映り込みます。寒さを押して出かけた先には、きっと頑張ったご褒美が待っているはずです。

■撮影環境:F11(±0EV・30秒)・ISO200・AWB・70mm
雨が降ったあとの地面には、大小さまざまな水溜まりができます。
雨が降っている間は水面が揺れてしまい、リフレクションの撮影は難しいですが、雨が止んだ直後ならチャンス。静まった水面には、工場の灯りが美しく映り込み、夜景にもうひとつの表情が加わります。リフレクション撮影では、角度が重要です。水面に対して低い位置から狙う必要があるため、ローアングル対応の三脚があると心強いでしょう。地面すれすれから工場の光を捉えることで、幻想的な一枚に仕上がります。

■撮影環境:F4(+0.5EV・1秒)・ISO200・AWB・70mm
高さ100mから眼下に光の絨毯のような工場夜景を楽しめる、三重県・四日市港ポートビル「うみてらす14」。この日もあいにくの雨。展望ホールのガラスには雨粒がつき、クリアな写真は望めないと思っていました。ところが、夜の帳が降りると、ガラスについた雨粒が前ボケとなり、なんとも幻想的な工場夜景に。雨の日だからこそ出会えた静かで美しい一枚でした。撮影時は、絞りを開放値に設定することで、雨粒の前ボケが柔らかく浮かび上がります。また、ガラス面にレンズを近づけすぎると雨粒が写り込まないため、少し距離を取るのがポイントです。
美しい空と出会うタイミング

■撮影環境:F16(-2EV・1/350秒)・ISO400・太陽光・159mm
日の入りまで、あと1時間半。曇天の空に、撮影へのモチベーションを保つのが難しい日でした。「光があればなぁ…」と、つい口にしてしまうような、そんな夕方。日の入りが近づくにつれて、西の空がじんわりと明るさを帯びはじめました。そして太陽が工場の向こうに沈んだ数分後——。空は突如として燃え上がり、「工場火災か」と見紛うほどの、見事な夕焼けに染まりました。このような曇天の夕景では、空の変化を見逃さないために、露出をややアンダー気味に設定することで空は色濃く、階調が潰れずに残ります。何が起こるか分からない。だからこそ、曇り空の下でもシャッターを切る価値があるのです。

■撮影環境:F13(±0EV・10秒)・ISO400・太陽光・28mm
岡山県倉敷市・水島コンビナート全体を見渡せる展望スポットが、周辺にはいくつか点在しています。薄暮の時間帯、いわゆるブルーモーメントには、工場夜景とはひと味違う幻想的な光景が広がります。空が深い青に染まり、街の灯りが静かに浮かび上がるこの時間帯は、人工の光と自然の色が美しく調和する瞬間。ベストタイミングは、日の入りから約10分後〜30分間。たとえば18:00が日の入り時刻であれば、18:10〜18:40頃が狙い目です。この時間帯は、空の色が刻々と変化するため、露出をこまめに調整しながら撮影するのがポイントです。

■撮影環境:M(F5.6・1.5秒)・ISO800・AWB・27mm
2025年9月8日未明、皆既月食。赤銅色の月を、地上の風景とともに収めたい——そう思い、撮影場所を検討していました。皆既月食中の月の位置を調べ、目をつけたのは、大阪府・堺高石工業地帯。工場夜景との共演が叶うかもしれないと、期待を込めて構図を練りました。
午前2時31分。目論見通り、工場夜景の上に赤銅色の月が静かに浮かび上がりました。
月の大きさは小さくても、画面には圧倒的な存在感が宿ります。
おわりに
工場夜景を撮り始めたころ、気づけば深夜2時を回っていた——そんな夜が何度もありました。それほど夢中になれる、魅力的な被写体なのかもしれません。ただし、撮影に際しては、工場敷地内や私有地には立ち入らず、マナーを守って楽しむことが大切です。美しい光景に出会うためには、撮影者の姿勢もまた、美しくありたいものです。
■写真家:斎藤裕史
1968年千葉県生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業後、関西をベースに雑誌、コマーシャル撮影をおこなう。2000年より写真教室や撮影ツアーなどの講師業をスタート。写真雑誌などへの寄稿も。「楽しく撮った写真はいい写真」がモットー。blog「ふっても晴れても写真日和」


















