写真をもっと愉しむ「個展開催のススメ!」#5 予算について

鶴巻育子
写真をもっと愉しむ「個展開催のススメ!」#5 予算について

はじめに

写真家·鶴巻育子はこれまでに17回個展を開催し、代表を務めるJam Photo Galleryでは6年間で企画展とレンタル併せて100を超える展示に携わってきました。写真家とギャラリスト両者の視点から個展の魅力や成功へのアドバイスをお伝えする連載企画です。

個展を開催する上で、お金のことは切っても切り離せない大きな課題。中にはお金に糸目はつけないなんて羨ましい方もいるとは思いますが、大抵はできるだけコストは抑えたいもの。但し、見るからに安く仕上げたと想像できる展示は見ていられません。人に見てもらうということはある程度出費する覚悟は必要です。

私が普段アドバイスしているのは、まず予算を無視し理想の展示内容で費用を算出すること。最初から安く抑えようとせず、自分は何を表現したいかどう見せたいかを優先し考えます。予算オーバーの場合、そこからできるだけ質を落さないよう理想に近づける方法を探ります。

ここでは、私の主宰するJam Photo Galleryのスペースで展示することを想定しお話しすることにします。実際は会場の広さや内容によって掛かる費用はかなり幅が出てくると思いますので、あくまでも参考として、納得いく展示に辿り着くヒントになれば幸いです。

アマチュアの方や展示が初めての方、誰でも個展をしやすいサイズ感で作った空間です。
2023年1月にJam Photo Galleryで開催した新山清写真展「うさぎ」の展示風景。うさぎが写っている写真だけを飾ったシンプルな展示でした。

作品制作費 プリント·マット·フレーム·額装

16×20inchフレームにイメージサイズ約360mm×240mmのプリントをマット額装した展示風景。
鶴巻育子写真展「back to square one」2019年/Jam Photo Galleryにて。

デジタルカメラが主流の昨今では、用紙の種類も豊富で、大判プリントでダイナミックに見せたり、インスタレーションなど多様な展示方法が見られます。額装や展示方法にルールはありませんが、作品意図にマッチしたサイズや額装、レイアウトを目指しましょう。

ここでは上の写真のように、A3ノビ用紙に収まるプリント(インクジェットプリント)、マット加工、16×20inchフレーム使用、作品15枚のオーソドックスな構成で考えたいと思います。A4からA3程度のプリントをマット額装し一列にシンプルに並べる構成は、写真らしさが際立ち、しっかり一枚いちまい見てもらえる効果があります。

プリント

展示をする際、一番大事と言い切っても過言ではないのがプリントです。プリントの質が悪ければ、いくら内容が素晴らしいものでも良さは半減してしまいます。必ずしも高級紙を使って出力することがベストとは限りません。キヤノンやエプソンのメーカー純正、ピクトリコなど一般的に購入しやすい用紙で丁寧に仕上げれば、クオリティは充分確保できます。和紙など特殊な素材の用紙を検討する場合は、内容にマッチするかを考えましょう。コンセプトによっては「お徳用」や100円ショップで販売しているような安価な用紙を使用することもありますが、一般的には避けましょう。

プリント方法は、自宅プリント、プロラボに依頼、レンタルラボでプリントと3つの方法があります。今回は、「キヤノンプラチナグレードで自宅プリント」と「高級紙(Hahnemühle バライタ)で外注」の敢えて極端な設定で比較し、価格の幅があることを実感していただきます。

●自宅プリント(キヤノンプラチナグレード) 約7,000円(キヤノンプリンタPRO-G2使用)
●外注(Hahnemühle バライタ)  207,000円(写真弘社価格表)
※単純にA3ノビ15枚をプリントした場合の金額。再プリント、外注での色校正などは含みません。

プリントのクオリティに自信がない方、良いプリントの判断がまだわからないという方は、プロラボでプリントを依頼することをお勧めします。写真家へのインタビュー内(公文健太郎さん、岡嶋和幸さん、大和田良さん)で、個展においてのプリントの重要性についてそれぞれお話しされていますので、ぜひ読んでください。

マット加工

マット加工は業者に依頼します。市販のマットカッターで自分でカットする方法もありますが、使いこなすには相当な訓練が必要になるためお勧めできません。ここでは、私がいつもお世話になっている写真用マットとフレーム専門店·金丸真株式会社の価格をもとに説明します。

ブックマット

・オーバーマット…写真台紙の枠。マットに窓が開いていて裏側で窓に合わせて写真を貼り付けます。
・ブックマット…オーバーマットと台紙となるマットをテープで繋ぎブック状にしたもの。写真のように、窓の開いていないマットに写真を貼り付けて、上のマットを被せます。

ブックマットはオーバーマットのほぼ倍の値段になりますが、写真をセットする際に楽ですし展示終了後の保存もそのままできるためお勧めです。

●オーバーマット2mm    1,500円×15枚  22,500円
●ブックマット2mm+2mm 3,080円×15枚.  46,200円
※16×20inch、国産オリジナルマット使用した場合の金額

ボードの種類は国産オリジナルマットのほか、ミュージアムボード、ピュアマットの3種類。
厚さでも価格が異なります。各マットの特徴と料金表は金丸真株式会社のサイトで確認ください。

フレーム・額装

フレームは種類もさまざまで価格もピンキリですが、ここでは展示でよく使用されるアメリカの老舗メーカー·ニールセンのアルミフレーム(33型フレーム/幅5mm·アクリル付き)15枚を使用したと仮定します。今後も個展を開くことを念頭に置き購入するのもありですが、レンタルで済ませば当然費用は浮きます。

●購入した場合 189,750円
●レンタル 15,000円(Jam Photo Gallery·1ターム)

宣伝費

鶴巻育子写真展「back to square one」(2019年/Jam Photo Gallery)の際に制作したDM。
ギャラリーオープンの宣伝もあり、印刷枚数は3,000枚。一般的な厚さの180kgでコート紙を選びました。

DM ハガキ

DMハガキは、自分で作れば当然費用はゼロ。プロにデザインを依頼する場合、私の経験上30,000~50,000円程でしょうか。
SNSやメールでも個展の案内はできますが、案内状がポストに入っているとワクワクします。どこかのギャラリーでたまたま目にした素敵なDMハガキを見つけて実際足を運ぶこともあります。行ってみたいと思わせる印象的なDMハガキを作りたいものです。

印刷代は紙の種類でかなり金額に幅が出ます。よくDMに使用されるお手頃なコート紙と高級紙ヴァンヌーボで比較してみました。紙の厚さ、カラーかモノクロで価格も異なりますが、ここでも安く上げる方法と厚さのある高級紙の2パターンで敢えて比較してみます。また印刷代は、部数は1000部とし、余裕を持った納期で設定。印刷代は500枚と1000枚とはさほど変わりません。余ることを前提で多めに刷っておく方が安心です。

●ハガキサイズ·コート紙165kg (表面カラー/裏面モノクロ) 4,530円
●大判ハガキ·ヴァンウーボ215kg(両面カラー) 33,860円
※印刷会社·株式会社グラフィック価格表より

忘れがちなDM発送料。大判ハガキのDMは見栄えが良いですが、切手代がかかります。

●普通ハガキ   85円×200枚  17,000円
●大判ハガキ   110円×200枚 22,000円
※200枚発送すると仮定した切手代

制作にかかる費用をまとめました。節約バージョンと豪華バージョンの2パターン。豪華バージョンは外注や高級紙を使用して目一杯贅沢な費用の使い方になっていますので誰でも可能な内容ではありませんが、個展はとても費用がかかることを知っていただけると今後写真展の見方も変わるかもしれません。

その他 搬入搬出·レセプション·交通費等

主な出費は作品制作費と宣伝費になりますが、それ以外にも細かい部分で費用はかかるもの。こちらにまとめてみます。

作品以外の展示物

作品と一緒に展示するステートメントやプロフィールは、用紙にプリントしハレパネに貼りつける方法がよく使われます。自分で作業する人がほとんどだと思いますが、カット部分がギザギザしていたり、文字が滲んでいたりしないよう、丁寧な作業を心がけましょう。

搬入搬出と配送

基本的に、メーカーギャラリーでは業者による作業、レンタルギャラリーでは出展者本人またはギャラリー関係者が行います。レンタルギャラリーでも業者に頼むことは可能ですが、額装など制作を依頼した場合のみ請け負ってくれるなど条件があるようです。費用は規模など条件によって異なると思いますが、目安としては50,000円でしょうか。

作品を自分でギャラリーまで運べば駐車場代くらいで済みますが、配送会社に依頼すれば、搬入搬出の2回分の配送料がかかります。業者によって取り扱えないサイズもあります。特に大きいサイズの額などがある場合は、事前に調べ予約すると安心です。

レセプション

コロナ前は盛大なレセプションが毎週どこかのギャラリーで開催されていました。私もケータリングで料理を頼み、何種類ものお酒を準備し来場者にもてなしていました。一度のパーティで50,000~70,000円掛けていた記憶があります。昨今では、レセプションは単なる飲み会ではなく、作品を見ながら写真について語り合ったり、作品購入に繋がることを目的として開く人が多くなってきたと感じます。そのため、飲食物も控えめのこじんまりとしたものが多いようです。

その他

芳名帳や筆記用具などの準備もあります。専用のもの、カジュアルにノートを使用など決まりはありません。私はA4コピー用紙に線を描き作っています。費用も削減できることと、保存しやすさがメリットです。

作品の配送料やギャラリーへの交通費も侮れない経費です。1週間あるいは2週間、毎日在廊することと考えると、意外と交通費もかさみます。

【写真家に聞く!表現と個展】ゲスト:大和田良さん「写真は選択の連続」 

2022年7月、エプサイトギャラリーで開催された特別企画展「Differential Notes(Case1_Nature)」の展示の様子。眼で見た光景とレンズを通して定着された像の差異を映像化して見ることで、写真表現とはどのようなものかを考えるひとつのきっかけとして取り組まれた作品。

 

――いきなりですが、初個展開催での注意点は?

(大和田)初めて個展をする人が大変なのは、注意すべきポイントが何もわからないということ。個展開催に関する知識が自分にないことを意識することが重要で、例えば構成、額、あとは誰にDMを出すかなど知識や経験が必要となるto doがいっぱいある。それに関してアドバイスをしてもらえる人を1人決めておいた方がいいと思う。

――インタビューした殆どの写真家が同じことを話します。アドバイスをもらえる人が必要と。

(大和田)一人でやると大体失敗するし、まぁ失敗してもいいんだけど…最初の個展がその人にとって写真家としての最も大きな印象になってしまうから。

――みんな、誰に相談するかを迷うと思いますが。

(大和田)自分が写真家だと認めている人にするのがいいと思います。

――では、大和田さんが相談されたとして、まずアドバイスするとしたら何ですか。

(大和田)プリントです。構成は好みがあったり方法も色々あって、アドバイスの傾向も分かれると思います。でもプリントの良し悪しはそんなにバラつかないし、写真をやっている人とやっていない人の一番の違いは、プリントのトーンがわかるかわからないかです。

――プロラボに依頼する選択もありでしょうか。

(大和田)もちろん。その場合、最初は半端な色見本とか作らない方が良くて、撮ったデータをそのまま信頼できるラボに投げて「ちゃんとしたプリントに仕上げてください」と伝えるだけでいい。

――色味の好みなんかは伝える方がいいですか?

(大和田)基本的にはスタンダードなトーンで仕上げてほしいというのが一番いいと思います。

――他の作業も人に聞いたり頼ることを勧めますか。

(大和田)写真は選択の連続です。写真を撮るのもそうだけど、標準的なものが撮れないと結局ローキーもハイキーも撮れません。ただ、個展をやろうというレベルであれば、撮ることに関する選択というのはある程度できてきているはずです。それと同じように、展示にもいろんな選択肢があることを意識する必要がある。どういう選択肢があるのか、何が標準的なのかは聞かないとわからないと思います。

――プリントの次は、何を重視するべきでしょう。

(大和田)次は集客かな。

――私は、如何に知らない人にも観てもらうことが大事だと思っています。

(大和田)来てほしい人にメールやDMを直接送った方が良いです。来てもらえたらラッキーですからね。写真家や評論家は個展をすることの難しさや大変さは知っていますから、そこまで無碍な対応はしないと思います。どうしても行けないことはあるので、それは仕方ない。観てほしい人に情報が届いているかというのが重要です。

――作品の説明がしっかりできているメールの内容だとか、書き方も大切ですね。

(大和田)はい。作品の説明もですが何故観てほしいかも。定型で送っているメールって内容でわかるんですよ。だから、その人に向けて書いているということがしっかり伝わるほうが良いです。DMにしろメールにしろ、僕は自分に向けて書いてあることが伝われば読むし、定型で送っているものはほとんどスルーします。

――思いが込められているメッセージが来れば観に行くということですか。

(大和田)行くようにしています。メッセージに自分にしか答えられない質問があったり自分に向けて書いてあれば、行けなかったとしても返信します。

――では会場での対応はどうでしょう。やはり在廊した方が良いと思いますか。

(大和田)最初の個展は在廊した方が良いと思います。

――来場者の反応を知るためにも。

(大和田)いろんな人の話が聞けますし。ただ、何回も個展していると話は別で、写真家が在廊してない時に行きたい人もいますから、無理に全時間帯在廊しなくても良いと思います。僕はそうなんですが。

――最後に今までで印象に残っている展示を教えてもらえますか。

(大和田)一番記憶に残っているのは2004年のウォルフガング・ティルマンズかな。

――東京オペラシティで開催した展示ですね。なぜですか。

(大和田)あれが今の写真のスタンダードになっていますし、あれから写真というものが変わって起点になっています。

――やっぱり基本を知ってることが大事ってことですね。

(大和田)そうですね。

 

 

 

■写真家:鶴巻育子
1972年、東京生まれ。広告写真、カメラ雑誌の執筆のほか、ワークショップやセミナー開催など幅広く活動。写真家として活動する傍ら、東京・目黒、写真専門ギャラリーJam Photo Gallery 主宰を務める。ライフワークでは、これまでに世界20カ国、40以上の都市を訪れ、街スナップや人物を撮影。主な写真展 Brighton-a little different(2012年、オリンパスギャラリー)、東京・オオカミの山(2013年、エプソンイメージングギャラリーエプサイト)、3[サン] (2015年、表参道スパイラルガーデン)、THE BUS(2018 年、ピクトリコギャラリー・PLACE M)、PERFECT DAY(2020年、キヤノンギャラリー銀座)など。THE BUS(2018年、自費出版)、PERFECT DAY(2020年、冬青社)、夢(2021年、Jam Books)がある。

 

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