写真をもっと愉しむ「個展開催のススメ!」#4 準備とスケジュール
はじめに
写真家·鶴巻育子はこれまでに17回個展を開催し、代表を務めるJam Photo Galleryでは6年間で企画展とレンタル併せて100を超える展示に携わってきました。写真家とギャラリスト両者の視点から個展の魅力や成功へのアドバイスをお伝えする連載企画です。
4回目はスケジュールに関するお話です。個展は作品制作の他にやるべき作業が山ほどあります。企画展でない限り、ほとんどの作業を作家自身で行わなければなりません。展示構成はもちろん、プリントや額装の発注のほか事務的な作業の時間も必要になります。できるだけ余裕を持ってスケジュールを立てるようにしましょう。手間のかかることも多いですが、手を抜かず取り組めばその成果は必ず自分に返ってきます。
進め方
個展開催を決定する時期によってスケジュールの組み方も変わってきますが、実際、本格的な制作や広報活動は開催3、4ヶ月前から進めていくことになります。それまでギャラリーとのやり取りや予算組みなどを考えると、少なくとも半年前から徐々に準備を行うことが望ましいです。準備万端で気持ちよく個展初日を迎えましょう。


※予定表とTODOリストはキヤノンギャラリー担当者の方の許可を得て掲載しております。
進行表とTO DOリスト
準備は余裕を持ってとわかっていても、それがなかなかできないものです。かくいう私も、スケジュールを立てることが大の苦手。昨年キヤノンギャラリーSで開催した展示は、プレスリリースやフライヤー作成で校正を何度も重ねなければならなかったことと、大きな空間だったことでこれまで以上に準備に注意を払う必要があったため、作業に漏れがないよう担当の方に「進行表」と「To Do リスト」を制作していただきました。リストのお陰で、今自分がやるべきこと明確になりました。
人に頼る
DMの文字の間違いに気づかず印刷のやり直し、マットの窓サイズを間違えるなど、これまで多くの個展を開催した中でミスもたくさん経験しています。ミスが起こる原因のほとんどは、時間に余裕がない、自分ひとりで確認をしていたことからです。
普段の展示では、事務作業や管理が得意な自分のパートナーに事前に内容を伝え、見落としなどを一緒に行なってもらっています。家族、友人、講師など、内容によって適任者を探す。わからないことは聞く、苦手なことはお願いする。作業をスムーズに進めたり大きなミスを防ぐためには、自分だけでやろうとせずに人に頼ることです。

展示構成について

写真のセレクト
写真のセレクトは、どこかしっくりこない…そんな気持ちが浮かばなくなるまで何度でもやり直します。あえて時間をおいてみたり、時間帯を変えてみたり納得いくまで行いましょう。セレクトは、作品の趣旨を伝えるための最も重要なプロセスです。
サイズ、額装、レイアウト決定
写真は後からサイズや用紙の種類を自在に変えられることが特徴的なメディアです。ギャラリーの空間を意識するのは当然ですが、広い空間だから大判サイズというような考えはちょっと待った。優先するのは、作品テーマやコンセプトです。(この後の「写真家に聞く」インタビューで岡嶋和幸さんも同じことを話しています)ここで考えなくてはならないのが予算ですが、次回詳しくお話ししたいと思います。
プリント
ここではプロラボに依頼したことを想定してお話しします。繁忙期や大規模な展覧会のプリントと重なるなどタイミングによって希望通りに受け付けてもらえないこともあります。用紙の取り扱いや納期など確認も必要ですし、額装を依頼するとなれば1ヶ月半前には依頼しておきたい。 プロラボには色見本を渡し、理想の色で出力できるようにします。依頼する際に色見本がしっかり揃っている前提で行動しましょう。また色校正、再プリントの確認で何度かラボに足を運ぶことになります。ラボと自身のスケジュールの調整もあります。ここでも時間に余裕を持たせておくと安心できます。
■都内の主なプロラボ
フォトグラファーズ・ラボラトリー
写真弘社
ピクトリコ
額装
既製のフレームを購入する場合は在庫の確認、レンタルフレームでも会期中に希望のフレームの確保が必要です。特製フレーム制作、パネルやアクリル加工においても、仕様によっては時間がかかったり、そもそも予定している加工が可能かの確認をしないと危ない。業者さんは経験とアイディアを持っています。早めに相談することで、より良い展示内容の提案がもらえるかもしれません。
■都内にある額装、加工の業者
金丸真株式会社(マット・フレーム)
POETIC SCAPE(額装)
山ノ手写真(写真加工)
株式会社カシマ(写真加工)
DM
ギャラリー巡りをすると目にするDMハガキ。個展開催の約1ヶ月から3週間前にギャラリーに配布や友人などへ郵送します。デザイン、印刷期間を考慮すると2ヶ月前には取り掛かりたい作業です。早めに印刷へ回し長い納期にすることでコストを抑えられるメリットもあります。
せっかく個展を開催するのですから、たくさんの人に見てもらいたい。よほどの有名写真家でない限り、個展に多くの人が押し寄せることはありません。作家自身が地道に告知や宣伝をすることが大切です。(こちらも記事後半の岡嶋和幸さんのインタビューを是非参考に)
その他
意外と忘れがちなのが、ギャラリー内に貼るステートメントやプロフィールの作成です。慌ててコピー用紙に印刷されたもの(コンセプトとして敢えてならOK)、ボードのカットが雑なものは、見ていられません。また、プライスリストや申込用紙の印刷、また芳名帳や必要な筆記用具などを揃えておきましょう。写真以外の展示物も丁寧な作業を目指したいです。
実例 山口哲嗣さんの場合

ここでは個展開催までの準備に関する実例をご紹介します。
今年、2025年2月に私が主宰するJam Photo Galleryで大阪在住のアマチュア写真家·山口哲嗣さんが個展を開催しました。彼は子どもの誕生をきっかけに写真にのめり込み、14年間子ども達の写真を撮り続けています。ここ数年にはグループ展や個展を開催し、数々のコンテストにも入賞しています。
ギャラリーレンタル希望のメールが来たのが、2024年の9月初め。直ぐに面談をして約半年後の2月に個展開催が決定しました。山口さんには個展経験はありましたが、一歩前進した表現を目指したいという山口さんの強い意気込みによりディレクションを依頼されました。ディレクションは作品意図を理解しなければなりませんから、作家とのコミュニケーションがとても大事。関西在住ということもありメールでやり取りを重ねながら、展示構成をすることになりました。山口さんが休日や年末年始の時間に熱心に取り組んでいただいたお陰で、納得の空間を一緒に作り上げることができました。
個展開催4ヶ月前 ステートメントがなければ始まらない
面談の際に山口さんが持参された50点ほどの写真は、本人のお気に入りという印象でした。山口さんに限らず自分の写真はなかなか客観的に見られないものです。私は、約14年間撮影した写真データをできるだけ送ってもらうことにしました。その数は数千枚に及びました。
個展は何かを表現するため、人に伝えるためのもの。山口さんには、自己満足で終わらないことを意識してもらいました。そしてセレクトするには作者の制作意図を理解することが必要だったため、まずステートメントに取り掛かってもらいました。かなり苦労された様子でしたが、何度も書き直しをしたことで、山口さん自身も自分の作品に対して整理ができたようです。制作意図が明確になったことで、私の作業もスムーズに進んでいきました。
個展開催3ヶ月前 セレクト・タイトル
まずは膨大な写真を、子どものみ、親子、自然なカット、家族の記念写真など分類分けをする作業から始め、そこから約250枚に絞っていきました。写真が決まってくるとレイアウト案が浮かんできます。頭の中でいくつか想定しながら、時間を置いて何度も写真を見返し、更に写真を絞る作業の繰り返し。
山口さんには引き続きステートメントの完成を目指していただいていたので、言葉が具体的になっていた頃でした。そこで同時にタイトルを考える作業を追加しました。4つの案が浮上し、最終的に「軽やかなフィクション」と決まりました。
個展開催2ヶ月前 展示レイアウト・DM制作

展示構成で山口さんの要望は、自前のフレーム(A3・白枠)を使用することでした。それを利用しつつ、セレクトとレイアウトを詰めていくのが私の仕事です。候補写真を1/10サイズに出力したプリントをテーブルに並べて、あれこれ動かしながら探っていく作業を繰り返します。最終的に、A1サイズ、A3サイズ、L版サイズの3種類で構成することが決定。
DM制作も私が担当。メインビジュアルやサイズの提案をしたのが2ヶ月前。ビジュアルが決定したところで数点のデザイン案を出し、要望を聞きながら細かい修正をして完成させました。
個展開催1ヶ月前 プリント
展示レイアウトが完成したところでプリント作業に移りました。外注プリントの大判サイズが2点のみ、その他は山口さん本人が自宅プリントと額装をすることになったため、山口さんが仕事の合間をみてプリントと額装作業を開始。より良いプリントを目指すため、私の方で予め画像処理の指示を出したり、事前にテストプリントや額装シミュレーションを行いました。山口さんの作業ペースが早く、プリント作業は非常にスムーズに進みました。
DM印刷は開催の約1ヶ月半前に完成。山口さんは友人知人に郵送、ギャラリーからは都内にある約15のギャラリーに配布を完了。同時にSNSでの宣伝も開始。山口さんのネットワークの広さには驚きました!
個展開催2週間前
個展間近には、見落としがないかチェックする期間。全体の統一感を出すため、ステートメントの作成も私が担当。この展示では、L版サイズを直に壁に貼る箇所もあったため、釘以外にマスキングテープ、両面テープなどを購入。あとは芳名帳や筆記用具など細かな準備を整え、安心して搬入日を迎えました。
【写真家に聞く!表現と個展】ゲスト:岡嶋和幸さん「個展成功は日頃の行いから」

6月Jam Photo Gallery Photo Galleryで開催した岡嶋和幸写真展「NO DOGS」のメインビジュアルの写真。岡嶋氏がカラーネガで撮影しプロラボの職人によるプリントを展示。岡嶋氏からコンタクトシートを全て預かり、私がセレクトし、サイズやレイアウトも担当しました。「人が選ぶと、自分では選ばない写真でまとまって新しい世界が見える」とのこと。
――岡嶋さんはこれまで約20回個展を開催していますが、個展で一番重要だと思うことは何ですか?
(岡嶋)一番は集客でしょう。だって何のために個展やるかって考えると。
――集客のために今はSNSは重要でしょうか。
(岡嶋)SNSでフォロワー数が多ければそれなりに集まるかもしれない。重要度はあるけど、ただ画像をアップすれば人が来るかといえば来ない。僕の経験値からすると、フォロワーが1000人いて来てくれるのは約10人。DMを1000枚郵送すると100人は来てくれます。
――ということは、今でも地道な活動が集客には効果的ということですね。
(岡嶋)僕自身、メールやメッセージで案内が来ても忘れて行かないことが多くて、DMが郵送されてくると極力足を運んでいます。
――切手を貼ってハガキを出すのは手間もお金もかかりますが、確かに本気度は伝わりますね。ところで、岡嶋さんはプリントのクオリティに厳しい印象がありますが…
(岡嶋)プリントのクオリティは大事。ただ、それって高級な用紙を使うとか、そういうことではないです。評価される写真展て、そういうのが見えないじゃないですか。すごいことをやっているんだけど、普通に美しいと思える。
――その普通に美しいプリントって、アマチュアの方にとっては難しいこともあるようです。
(岡嶋)プロラボに出すと言っても、そもそもデータがしっかり作れていないと結局いいプリントはできないですし。ちゃんと相談できる人、客観的なジャッジやアドバイスをしてくれる人がいるかが大事です。
――レイアウトについてはいかがですか。時々写真はいいけど、本人が表現したいことと展示方法があってなくて勿体ないと思う個展を見ます。
(岡嶋)空間を考えずに、とにかく大きく伸ばしたいとかたくさん飾りたいとか…それなら写真展じゃなくていいんじゃないのって思う。写真だけ見せていたいならSNSでいいじゃんて。コンセプトとズレた見せ方、ただ見せているだけというのが結構多いです。
――それに気づくには、どうしたらいいでしょう?
(岡嶋)それをわかっている人に相談する。
――誰かに相談するとしても、まず自分でやってみることが大切と思いますか?
(岡嶋)まず相談する方がいいんじゃないの。自分でやってみるのはトライアンドエラーできる実験する場のグループ展で。個展はお金もかかるし実験する場じゃないと思う。もちろん終わった後に反省点は出てくるけど、でもやっぱり個展は見にくる人も覚悟が違うから、ちゃんとしたアドバイスをもらえる人をつけてやるのがいいと思う。
――スクールとかゼミに入っていれば講師に聞けばいいってことですかね?
(岡嶋)ただ展示の経験がない講師だと意味がないです。ある程度経験があればいいけど、作品のセレクトにしてもちゃんと知識と経験がある人に相談する。額装とかも同じですね。
――額装も手を抜いているのはわかりますよね。
(岡嶋)例えば、額装でアクリル入れる場合ってゴミが入りやすいから難しいのはわかるけど、髪の毛入っているのを見たことありますよ(笑)
――それは酷いですね(笑)私も自分のギャラリーで、レンタルした人に「ここ埃ありますよ」って伝えると、それくらいいいじゃんみたいな空気になったことがありました(笑)
(岡嶋)ダメでしょ。だってそれって、レストランで料理を頼んだ時、味がどんなに良くても盛り付けが汚いとかお皿が欠けているとか、そこに髪の毛が入っていたら論外でしょ。写真だってそう。
――写真が良くても最終的なアウトプットが大事ですよね。
(岡嶋)それも含めて作品だからね。写っているものだけが良い、プリントだけで良いのでもなく。
――それからステートメントは重視しますか。公募するにも必要ですが。
(岡嶋)個展するには提出を求められるしね。僕はゼミでまずテーマとコンセプトを言語化しようと言っています。そのあとステートメントを書く。撮るのも集客もだけど、文章書くのも急にできないでしょ。全部日頃から意識して取り組んでいるか、それの積み重ね。人間関係もそうだけど。例えば、いろんな写真展に行って作家の人と話したりすると繋がりができたり。そういうところでアドバイスしてくれる人と出会ったり、ギャラリストと話せたり。
――確かに、準備や練習を疎かにする人は多い気がします。あと私は、自分の知らない人と話したり繋がることが作品発表には大事だと最近身に染みて感じています。
(岡嶋)自分の連載記事にも書いているんだけど、群れない方がいい。もっと自分を高めたいなら、そういう場に自分の身を置くと良いし、そうすれば自動的に周りが自分を高めてくれる。自分と同じレベルの人と群れていると、それで安心して高まらない。自分より知識も経験も豊富な人といると、自分はまだまだダメだとか、足りない部分がわかる。
――そろそろまとめるとします。ズバリ何が大事ですか?
(岡嶋)日頃の行いだね。ステートメント、テーマ、撮影でも、最近はraw現像も。急にプリントが上手くなるわけでもないし。急にいい文章書けるわけじゃないし、急に見る目が養われるわけでもない。
――個展開催の成功は、日頃の行いか!
■写真家:鶴巻育子
1972年、東京生まれ。広告写真、カメラ雑誌の執筆のほか、ワークショップやセミナー開催など幅広く活動。写真家として活動する傍ら、東京・目黒、写真専門ギャラリーJam Photo Gallery 主宰を務める。ライフワークでは、これまでに世界20カ国、40以上の都市を訪れ、街スナップや人物を撮影。主な写真展 Brighton-a little different(2012年、オリンパスギャラリー)、東京・オオカミの山(2013年、エプソンイメージングギャラリーエプサイト)、3[サン] (2015年、表参道スパイラルガーデン)、THE BUS(2018 年、ピクトリコギャラリー・PLACE M)、PERFECT DAY(2020年、キヤノンギャラリー銀座)など。THE BUS(2018年、自費出版)、PERFECT DAY(2020年、冬青社)、夢(2021年、Jam Books)がある。














