焦点距離からシーン別まで。コスモスのさまざまな表情を切り撮るテクニック|斎藤裕史
はじめに
春から追いかけてきた季節の花々も、ファインダーの向こうでいつしか秋の色に染まりはじめます。陽射しがやわらぎ、風が少し冷たくなる頃、コスモスは静かに、しかし確かにその存在感を放ちます。群れ咲く華やぎ、一輪に宿る儚さ、風に揺れるたおやかな姿──そのすべてが、秋という季節の移ろいを語りかけてくるようです。広角、標準、望遠、マクロ。どのレンズで向き合っても、コスモスはその表情を惜しみなく見せてくれます。
広角で切り撮る

■撮影環境:F13(±0EV・1/60秒) ISO200 太陽光
空気が澄み渡る季節。秋晴れの青空は、コスモスの可憐な姿によく似合います。雲が浮かぶ空の下、ススキと並ぶ光景は秋らしさを感じさせてくれます。ただしPLフィルターの使用には注意が必要。広角では「偏光ムラ」や「片効き」が出やすく、空が不自然に写ることも。淡い色の花ではコントラストが強まり、空が濁る場合があります。爽やかな青空を活かすなら、フィルターを外す選択も有効です。環境に応じて使い分けましょう。

■撮影環境:F13(-0.5EV・1/90秒) ISO200 太陽光
秋の夕暮れ、空は刻々と表情を変え、雲はその瞬間ごとに異なる美しさを見せてくれます。そんな魅力的な空が広がっていたら、積極的に画作りに取り入れてみましょう。コスモスをシルエットで捉えることで、作品に新たなバリエーションが生まれます。
シルエット描写で大切なのは、花や茎ができるだけ重ならないように構図を工夫し、「カタチ」の美しさを際立たせること。逆光の中で浮かび上がる輪郭は、光と影が織りなす、秋の静謐な旋律のようです。

■撮影環境:F13(±0EV・1/350秒) ISO200 太陽光
空の面積を大きく捉えて、広がりを表現するのもひとつの方法ですが、地面を画面に取り入れることで、画面に安定感が生まれます。空・花・地面──それぞれの要素の割合を変えながら撮影することで、作品にバリエーションが生まれ、構成力も自然と養われていきます。
構図は、撮影者の意図をかたちにする大切な要素。思いつく限りのパターンを試してみることで、コスモスの風景がより豊かに、より自分らしく表現されていくはずです。
望遠で切り撮る

■撮影環境:F2.8(+1.5EV・1/500秒) ISO200 太陽光
やさしい黄色のコスモス、イエローキャンパス。望遠レンズで捉えると、柔らかな色調の中に、寄り添う二輪の花がふんわりと浮かび上がりました。絞りは開放。前ボケと後ろボケには同系色を選び、画面全体をやさしい色で包み込むことで、統一感のある穏やかな印象に仕上がります。曇天の下での撮影も、この写真の雰囲気を決定づける大切な要素。直射光のない柔らかな光は、花の質感と色調を損なうことなく、静かな美しさを引き出してくれます。
やさしい表情を引き出すには、曇りの日を選ぶのが理想的。あるいは、日陰に咲く花を被写体にすれば、柔らかな光が自然なトーンを保ってくれます。晴天時はA4サイズほどの厚紙で直射日光を遮るだけで、コスモスの表情はぐっと穏やかに。光をコントロールすることで、花が持つやわらかさや透明感は、より美しく引き立ちます。直射日光を遮断した影の中のコスモス、日なたのままの背景。その明暗差が、背景が鮮やかなライトグリーンに浮かび上がりました。

■撮影環境:F7.1(±0EV・1/90秒) ISO200 太陽光
せっかく訪れたコスモスの群生地。ところが、まだ見ごろには早く、花はまばらにしか咲いていませんでした。そんな時、モチベーションを保つのは難しいものです。日を改めるという選択もありますが、私は「手ぶらでは帰らないぞ」という気持ちで、その時の条件を活かした撮影を心がけています。まばらに咲くからこそ、「一輪だけ」を切り撮ることができました。前ボケとなったもう一輪のコスモスが、名脇役として静かに画面を支えてくれています。
マクロで切り撮る

■撮影環境:F3.5(+2.5EV・1/90秒) ISO200 太陽光
コスモスの花を「コスモスらしく」捉えるだけでなく、さまざまな角度から見つめることで、作品の表現は、ぐっと広がります。花の裏側にある「ガク」に目を向けてみると、そこにもコスモスならではの可憐さが宿っていました。花の輪郭を画面に入れてしまうと、どうしても「花」としての印象が強くなってしまいますので花の輪郭はあえて画面から外し、前ボケを添えることで、やさしいピンク色の中に緑色のガクが浮かび上がりました。

■撮影環境:F3.5(+1EV・1/90秒) ISO200 太陽光
糸状に裂けたコスモスの葉は、他の花にはない繊細な造形美を宿しています。葉は「主役」としては力不足ゆえ、「脇役」の力を借りなくてはなりません。そこで、本来「主役」となる花を彩りとして「脇役」に。まるで名優を脇役に配するような、贅沢な演出です。マクロレンズで接近して捉えることで、浅い被写界深度が花を柔らかく溶かしてくれました。静かな舞台で、葉がそっとスポットライトを浴び、繊細な造形が静かに浮かび上がります。

■撮影環境:F3.5(+2EV・1/350秒) ISO200 太陽光
マクロレンズで接近し、絞り開放で捉えることで花びらのラインをやさしく浮かび上がらせます。ピンクの縁が可憐な品種「ピコティ」は、マクロ撮影におすすめです。隣の花びらを前ボケに利用することで、ピコティがふんわりと浮かび上がりました。マクロレンズによる近接撮影では風が大敵。風に揺れやすいコスモスは特に「完全無風」が必須条件。朝は穏やかで無風なことが多く、クローズアップ撮影の絶好のタイミングです。

■撮影環境:F3.5(+2EV・1/250秒) ISO200 太陽光
マクロレンズで、コスモスのごく一部分をクローズアップ。花を「花」として捉えるのではなく、そこに宿るラインや造形美に目を向けてみましょう。お気に入りの品種ピコティ。花びらの内側に、さらに小さな花びらが隠れていました。最短撮影距離まで寄り、その一角を切り取ると、やさしいピンク色の造形がふんわりと浮かび上がりました。マクロレンズだからこそ捉えられる花の奥に広がる「ちいさな世界」です。
コスモスの表情を楽しめる様々なシーン
晴天

■撮影環境:F22(±0EV・1/500秒) ISO200 太陽光
晴れた日には、晴れた日だからこそ撮れる写真を楽しみます。そのひとつが、コスモスと太陽を重ね、光条をアクセントにしたシルエット描写。シルエットでの表現ですから、できるだけ重なりのない花を探すことが肝心です。絞りを絞り込むことで、太陽は光条を放ちます。花びらの隙間から太陽を少しだけ覗かせるのがポイント。光学ファインダーでは眼を傷める恐れがあるため、背面の液晶画面で構図を決めましょう。
つぼみ

■撮影環境:F2.8(+1EV・1/180秒) ISO400 太陽光
綺麗に咲いている花に目を奪われがちですが、コスモスはつぼみもまた可憐です。訪れたコスモス園が、まだ見頃には少し早かった…。そんな時こそ「宝もの探し」の気持ちで、愛らしいつぼみを探してみてはいかがでしょうか。咲く前の静けさの中に、命の予感がそっと宿っています。俯瞰で捉えることで放射状に広がるガクの美しさを際立たせました。つぼみの配置にも気を配り、画面の中でバランスよく切り撮ることで、静かな造形美を引き出しています。
風

■撮影環境:0.7秒(±0EV・F22) ISO50 太陽光

■撮影環境:0.7秒(±0.5EV・F11) ISO100 太陽光
風の影響を受けやすい花、コスモス。近接撮影では風は大敵ですが、だからこそ「風を活かした表現」が可能です。スローシャッターで捉えると風や揺らぎを画面に描き出すことができます。適切なシャッター速度は、テスト撮影を重ねながら見極め、必要に応じてNDフィルターを使用します。できるだけ広範囲を捉えることで、風の強弱や通り道が写り込み、画面に動きとメリハリが生まれます。数多く撮影し、その中から動きの美しい一枚を選びます。
曇り空

■撮影環境:F11(+3EV・1/60秒) ISO200 太陽光
曇り空の日は写欲が湧かない──そんな声も聞こえますが、曇天には曇天にしか撮れない写真があります。空を画面に入れると寂しい印象になりがちですが、構図を工夫し、淡い色のコスモスを選び、プラスの露出補正をかけることで、やさしいハイキー調の世界が広がります。柔らかな光が花の質感を引き立て、晴れの日には見過ごしてしまう静かな美しさが浮かび上がります。曇りの日こそ、光と色の繊細な対話を楽しむ絶好の機会です。
明暗差

■撮影環境:F9.5(-1EV・1/180秒) ISO200 太陽光 ハーフND
写真の難しさは、目で見た通りに写ってくれないこと。明暗差のある光景──たとえば朝日が昇るシーンでは、空とコスモス畑の両方を美しく表現するのは容易ではありません。畑の質感を優先すると空が白く飛び、空の表情を重視すると畑が暗く沈んでしまう。そんなときは、露出のバランスを整えるハーフNDフィルターの出番です。明るい空と暗いコスモス畑、それぞれの魅力を引き出しながら、自然な階調で一枚に収めることができます。
おわりに
風に揺れるコスモスは、季節の移ろいとともに、私たちの感情にもそっと寄り添ってくれます。広角レンズで空と地の呼吸を感じ、望遠レンズで奥行きと柔らかなボケを、マクロレンズで細部に宿る造形美を──どのレンズで向き合っても、コスモスは静かに語りかけてきます。光と風、色とかたち。その一瞬に込められた詩情を、感性と技術を重ねながら、自分だけの秋として切り撮ってみましょう。きっと、記憶に残る一枚に出会えるはずです。
■写真家:斎藤裕史
1968年千葉県生まれ。大阪芸術大学芸術学部写真学科卒業後、関西をベースに雑誌、コマーシャル撮影をおこなう。2000年より写真教室や撮影ツアーなどの講師業をスタート。写真雑誌などへの寄稿も。「楽しく撮った写真はいい写真」がモットー。blog「ふっても晴れても写真日和」























