特集
被写体を通じて、私に美しいと思わせるもの、
写真に撮りたいと思わせるものを、
私は写真を通して表現したいのです。

●確かに先生のおっしゃるとおり、森には怖れを感じさせる一面もあると思うのですが、一方で日本人は森や自然を愛し、その恵みに感謝してきたようにも思います。その点に関しては、どのようにお考えでしょうか。

 怖れが自然を崇拝する自然宗教に発達していったのではないかと思います。
 華厳の滝の写真を撮ろうとした時のことなのですが、華厳の滝の写真というのは皆さん上から撮っています。しかし私は滝壺に入って下から撮りたかった。それでいろは坂から降りて沢を上り詰め、華厳の滝の落ち口まで行ったのです。しかし、そこで足がすくんでしまいました。

 今の華厳の滝は地震があってからテラスのようなものができて、流れ落ちた滝の水が一端そこにぶつかってから滝壺に落ちています。しかし、昔は直接滝壺に落ちていたので勢いが今よりずっと強かったんです。雨上がりともなるとすごい水量でした。怖かったですよ。

 森で感じた怖れと、華厳の滝で感じた怖れから、私は最初に人間が自然に抱いた特別な感情は、恐怖だったんじゃないかと思うようになりました。噴火や台風、大水といった自然の驚異にさらされて、人間は自然を怖ろしいものと思うようになったのではないでしょうか。それがやがて自然に対する畏怖や畏敬の念に変わり、それが自然宗教になっていったように思うのです。

 私が森や滝で感じた怖れというのは、何千年も前の日本人も同じように感じ取っていたと思いますし、これこそ日本人の固有の自然観ではないでしょうか。それが私の血肉の中にも脈々と受け継がれているように思えるのです。
ここに暮らしていたころ、毎日眺めていた風景。いまも訪れると、かならず撮影する。撮るたびに発見がある。この日は水面が鏡のようだった。それをシンメトリーに撮った。
■カメラ:ニコンF3 レンズ:ニッコール50mm 絞り:f8 シャッタースピード:1/125 フィルム:フジベルビア 撮影地:栃木県奥日光湯の湖
滝の写真はスローシャッターで、情緒たっぷりに撮影したものが多い。情緒たっぷりのその美意識は自分には合わない。華厳の滝の力強さを、高速シャッターで切りとった。
■カメラ:ニコンF3 レンズ:ニッコール180mm 絞り:f4 シャッタースピード:1/250 フィルム:フジベルビア 撮影地:栃木県日光市華厳瀧
●そうした先生の自然観は、先生の自然風景の写真にも反映されているわけですね。

 もちろん反映されていますし、それが私の自然風景の写真の特徴でもあります。
 花が咲き、霧が湧き、新緑が萌える自然現象を美しい、写真に撮りたいと思わせるのも、怖れから来る自然に対する畏敬だと私は思います。私はそのことを写真を通して表現したいのです。
初夏の高層湿原の朝は、晴れた日ならかならず霧がでる。日が昇るにつれて霧は薄くなる。霧が晴れていく中から、レンゲツツジの花が浮いてくる瞬間を待った。
■カメラ:ニコンF3 レンズ:ニッコール85mm 絞り:f8 シャッタースピード:1/30 フィルム:フジベルビア 撮影地:栃木県日光市戦場ヶ原
 
 
 
 
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