[Vol.320]クラシックカメラ話「Voigtländer Ultramatic」│種清豊のフォトコラム|カメラのキタムラ
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2017.05.05【Vol.320】

クラシックカメラ話「Voigtländer Ultramatic」

Voigtländer Ultramatic

今回ご紹介のウルトラマチックは、ドイツ西部のブラウンシュバイクにあったフォクトレンダー会社が1961年から1967年まで製造、販売していた一眼レフカメラです。ウルトラマチックは、前期型のウルトラマチック、1965年ごろにリリースされた後期型のウルトラマチックCSの2タイプが存在します。写真のモデルは前期型ウルトラマチックです。

1959年発売の同社一眼レフ、ベッサマチックのさらに上を目指したカメラで、クイックリターンミラー搭載、シャッター優先AEが搭載されました。また自動絞りを採用しているので、ファインダー像は常に明るく見ることができます。交換レンズはベッサマチックと共通ですが、ウルトラマチック用として自動絞りに対応したものを用意しています。広角35mm~超望遠350mmまで単焦点10本、ズームレンズ1本が発売されました。

後期型のCSはファインダー接眼部両脇に1つずつ配置したCdS露出計によるTTL開放測光を実現しています。しかし前期型に採用されていたクイックリターンミラーは廃止されシャッターをリリースするとファインダーはブラックアウトしてしまいます。

発売時はボディー単体、レンズ付きともに用意され、Septon 50mm F2つきで899DMでした。1マルク90円の時代ですので日本円で単純換算すると、およそ80,000円。おそらく日本で販売される際はもっと高額だったのではと思います。当時の最新国産一眼レフNikon F が50mm F2付きで67,000円、大卒初任給約16,000円の時代ですので、大変高価カメラだったこともわかります。

偶然にもこの記事を書く数日前、ウルトラマチックを1960年代に新品で購入、使用していたという写真家にお話をうかがうことができました。

「Nikon Fの形が好きになれなかったんだよね。だから当時最新だったコレにしたの。メッキがキレイなのと宇宙っぽくてかっこよかったから。日本製では当時絶対ありえないデザインだしね。外観を見るとブローニーが入る程度の高さがあるので、手持ちが楽に出来る中判カメラかと思った。使ってるうちにすぐ壊れた。中を見てわかったけど、ゼンマイの跳ね返りで負荷がかかる場所にある肝心のプラスチック部品が折れてんだよね」

とのことでした。僕も所有する4台の前期型ウルトラマチックは1台しかまともに動きません。動かない固体の中身を見てみると、確かに巻き上げ部分の受けとなる小さなグレーのプラスチックが折れています。一方で動く固体のものはグレーのプラスチック部品が金属製に交換されています。この部分が故障の根本原因かはわかりませんが、仕様変更を見る限り故障の一つの要因であったと考えられます。

すでに日本製のカメラは各社がフォーカルプレーン式の一眼レフをシステマチックにリリースする時代です。機構的にシンプルでレンズ交換に優位なフォーカルプレーン機はドイツでも数多く作られていましたが、一方ではレンズシャッターにこだわることでフォクトレンダーのように一眼レフの設計に制約がかかった会社が存在したのも事実です。高価ではあるのに故障が多く、機能的に前時代的な印象を受けてしまうウルトラマチック。生産台数は前期後期型合わせて4万台ほどとされますが、実際はどの程度売れたのでしょうか。


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