カメラのキタムラ
Vol.48 2004 SPRING
特集 写真家 丹地敏明氏  
ずらりと並んだ仏像に圧倒されそうだった。やわらかい自然光につつまれて、幸せそうな感じに写った。
■カメラ:ペンタックス645NII レンズ:80-160mm 絞り:f5.6 +1/3補正 シャッタースピード:1/30秒 フィルム:RDPIII +1段増感 撮影地:徳島県4番札所大日寺
シンメトリーに黒いお堂を真正面からねらった。曇っていたので落ち着いた色調に写った。
■カメラ:ペンタックス645NII レンズ:45-85mm 絞り:f5.6 +1/3補正 シャッタースピード:1/125秒 フィルム:RDPIII +1段増感 撮影地:高知県29番札所国分寺





雨上がり、まだどんよりと曇った風景の中、お遍路さんがまん中に来るのを待ってシャッターを切った。
■カメラ:ペンタックス645NII レンズ:45-85mm 絞り:f11 +1補正 シャッタースピード:1/15秒 フィルム:RDPIII +1段増感 撮影地:徳島県川島橋
精神的な楽園を探してみようと思い、仏教の教えでもある「補陀洛」を考えてみると、南の島と四国八十八ヶ所が結びつくのです。

―――昨年末に、インド洋の島を撮影され「Paradis blue(パラディス ブリュー)」の写真展と、「巡る楽園・四国八十八ヶ所から高野山へ」と二つの写真展を連続して開催されました。一見すると、この二つの写真展はつながりがないようにも思えるのですが、その意図について教えていただけますか?

 まず、「Paradis Blue」というのは、いままで永年にわたり撮影してきた南の島の楽園です。
 これに対して「巡る楽園・四国八十八ヶ所から高野山へ」は、空海が創った楽園として、四国八十八ヶ所を3年かけて撮りつづけたものです。
 この二つの楽園を、もっと精神的な面から探ってみようと考えた結果でした。
 もっと詳しく説明をしますと、仏教の教えに「補陀洛」というものがあります。この補陀洛は、南の海の彼方にある極楽浄土のことであり、これはまさに私が永年撮りつづけてきた南の島そのものです。
 そして、四国八十八ヶ所の霊場というのも、空海が創造したといわれており、南の島と四国八十八ヶ所は、その場所も存在やかたちもまったく異なっていますが、補陀洛の教えからしますと、強い結びつきがあることがわかりました。
 両方とも以前より撮影はおこなっていましたので、この二つを対比させることで、なにか新しい発見ができるのではないかと思い、昨年末に二つの写真展を開催しました。


―――
先生が考えられている南の島と四国八十八ヶ所の「楽園」とは、具体的にはどのようなことなのでしょうか?
 南の島がなぜ楽園なのかというと、昔から南の島では、食料を蓄える習慣がないんです。その日に食べるものは、その日に用意する。果物はまわりの木から収穫し、魚も目の前に広がっているきれいな海で捕まえます。
 このことにより、人の心に精神的なゆとりが生まれ、他人に対しても暖かい気持ちで接することになります。我々からしますと心が非常に癒されるのです。
 また、最近ではリゾートとしてホテルをはじめ、各種の設備が整っているので、このようなところでは、極楽のような世界を現実のものとして手に入れることができるのです。
 これに対して、四国八十八ヶ所は「空海が考えた楽園とはどのようなものだったのか」などと思いを巡らせながら一ヶ所一ヶ所、訪ね歩くこともでき、そのことで心の中が癒されるのです。
 これらのことを考えると、南の島のリゾートで癒されることと、四国八十八ヶ所を巡りながら癒されることには、何の違いもありません。だから同じ楽園というテーマにつながるのです。


―――
四国八十八ヶ所を選ばれたのは、先生が徳島で生まれ育ったことと関係があるのでしょうか?
 それは、私自身が昔から見聞きして知っていたものなので、私自身の楽園ということではないんです。
 以前、仏教やヒンズー教などの聖地とされているチベットのカイラス山に行ったときに、多くの巡礼者が幸せそうにニコニコしている様子を見て、そういえば自分が生まれ育った徳島にも、これに似たことがあるのを思い出し、気がついて撮るようになったのです。

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