THEフォトワールド

「眼鏡橋」を撮る

かけがえのない風景の存在を、多くの人々に伝えたい。

織田寧人氏〈写真家〉

「笹無田若宮井路橋」(ささむたわかみやいろきょう)鉄道の近くにかかる眼鏡橋は少ない。アーチ橋のそばを列車が走る姿はなかなか絵になる。
■カメラ:キヤノンT90 レンズ:28mm 絞り:f4〜5.6 シャッタースピード:1/250 フィルム:プロビア スカイライトフィルター使用 撮影地:大分県竹田市

 九州地方には古くから「石」の文化があり、その代表的なもののひとつが石橋である。石橋は江戸初期に長崎から広まったとされ、木の橋が水害に弱いこともあって、特に江戸末期頃から盛んに建造されたという。

 川を渡る人道として、また時には灌漑用水路から水田に水を引くための水路橋として造られた2連アーチの石橋は、その水に映る姿がメガネに似ていることから特に「眼鏡橋」と呼ばれ、今も人々に親しまれている。「面白いことに、地方によっては『太鼓橋』『車橋』など違った呼び方もあるんですよ」と説明するのは、今回お話を伺った織田寧人氏だ。

「鶴の平眼鏡橋」(つるのひらめがねばし)高千穂の山峡の渓流に、形の美しい眼鏡橋がかかっている。水は澄んで、夏でも冷たい。
■カメラ:ニコンF4s レンズ:24〜50mm 絞り:f8 AE フィルム:ベルビア 三脚・スカイライトフィルター使用 撮影地:宮崎県高千穂町
 織田氏はもともと鉄道写真を主に撮影していたが、7年前より西洋館などの建築物を撮り始め、そうした中で眼鏡橋とも巡り合ったという。そして現在までに、九州を中心に約500か所の眼鏡橋を訪ねてその姿を作品に残している。

 「今から百年以上も前に建造された眼鏡橋が、石組みのゆるみもなく現役として使用されている姿にまず感動しますね。またそれぞれの橋には、建造に関わった住民や石工たちの様々な物語があることに興味を覚えます。そして何よりも、その造形美に惹かれました」と織田氏は眼鏡橋の魅力を語る。

 氏の撮影は、文献によってそれぞれの橋にまつわる歴史や、その所在地を確認することから始まる。各市町村から取り寄せた資料をもとに、県別道路地図に橋のある場所を記入し、独自の「眼鏡橋マップ」を作成しているという。

 「もしこれから石橋の撮影を手がけたいという方でしたら、国や県の文化財に指定されているもの、有名な石工が建造したものから始められると良いと思います。石橋の密集している市町村では『石橋マップ』を作成していますので、それを入手するのが一番です。実際に行ってみて見つからない時は、通りがかりの人に聞くと良いでしょう。比較的高齢者の方がよくご存じですよ」と、数多くの橋を撮り続けてきた織田氏ならではのアドバイスもお聞きすることができた。

「近戸橋」(ちかどばし)世界最大の単一アーチ橋であるが、半分がダムに沈んでいるため、それほどの大きさを感じさせない。 ■カメラ:ペンタックス67 レンズ:105mm 絞り:f5.6 シャッタースピード:1/125 フィルム:フジRDP 三脚・スカイライトフィルター使用 撮影地:大分県臼杵市
 ただし準備万端で撮影地へ赴いても、目的の眼鏡橋が簡単に見つからないことも多い。特にあまり知られていない橋は、捜し当てるまでに時間がかかることを覚悟して行く必要がある。

 「でも、眼鏡橋を捜すプロセスも撮影の楽しみのひとつなんですよ。散々まわり道をしてやっと目標の橋にたどり着いた時は、喜びもひとしおです」と笑って語る織田氏が、それよりも苦労するのは、撮影の邪魔になる人工の構築物や川のゴミがある時だという。ゴミの場合は、カメラを構えるより先に川の掃除から始めなければならないので、掃除道具も撮影には欠かせない。また近年は宅地開発や河川改修などにより無粋な構築物が増えており、これらを画面に入れないように、アングルに苦労することも多いという。