人間の尺度を捨て、
自分自身が自然に溶け込んでゆく。

自然には、語り尽くせないほど多彩な表情がある。



谷間の渓流沿いに伸びる杉木に巻きつく山藤。野放図に伸びたツルから、薄紫色した満開の花が一斉に咲き誇る。
■カメラ:キヤノンEOS-1N レンズ:EF70〜200mm F2.8L 絞り:f16 AEマイナス2/3 補正 フィルム:ベルビア PLフィルター・三脚使用 撮影地:熊本県菊池市
●まず、田中先生が写真家となられたきっかけをお聞かせください。

 幼少時を奥三河に程近い山間にある祖母の家で過ごした私は、写真を趣味にしていた叔父の影響で、物心ついた頃から現像液の酢酸の匂いを嗅いでいました。撮影したフィルムが写真になるプロセスを叔父の暗室で目のあたりにできる環境にいたことで、私は写真というものに親近感をもち、大人になったら自分も撮影したいという憧れが、心の奥に焼きついていたのだと思います。

 また「生活環境が自然そのもの」といった土地柄でしたから、幼い頃から野山を駆け回っていましたし、こうした自然風景から実に多くのことを学びました。だから写真というものを本格的に撮ろうと考えた時に、やはり子供の頃に見ていた世界をもう一度取り戻したいという願望をもち、自然写真を手がけるようになったんです。


落差のある細長い滝。その滝壺近くの落下部を、真横からスローシャッターでイメージ的に狙った。
■カメラ:キヤノンEOS-1N レンズ:EF35〜350mm F3.5〜5.6L 絞り:f14 AEプラス1/3 補正 フィルム:ベルビア PLフィルター・三脚使用 撮影地:熊本県水上村



渓流には「静」から「動」まで変化に富んだ流れがある。その表面には千変万化の流れ模様がある。水面の反射をメインに部分撮りした。
■カメラ:キヤノンEOS-1N レンズ:EF400mm F5.6L 絞り:f8 AEマイナス2/3 補正 フィルム:ベルビア PLフィルター・三脚使用 撮影地:長野県根羽村
●ひと口に自然写真といっても、草花から天体まで実に幅広いモチーフを先生は手がけられておられるのですが、こうした様々なものに一貫したテーマのようなものはおありなのでしょうか?

 よく自分のテーマは何かと聞かれるのですが、私は「自分の視点で見た風景」「自分にとって気持ちのいい世界」をとらえているだけなんですよ。強いて言えば「すべての自然にカメラを向ける」ことがテーマでしょうか。

 自然の表情というのは、一言では語り尽くせないほど限りなく多彩なものなんです。例えば最初に、虫の視点になって植物をマクロで撮りたいと考える。そのうちにアップばかりでなく広い世界も撮りたくなり、広角で山や海の風景を狙ってみる。それでもなかなか良いモチーフがない時は、夜を待って空の星を撮るんです。私は非常に好奇心が旺盛なものですから、こんな感じで森羅万象、何にでもカメラを向けてしまうんですよ。だから自然全般を撮影対象にするという意味で、自らを「自然写真家」と称しています。


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